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04:




 雅はボンヤリと窓の外を見ていた。
 数時間前のやり取りが脳内で再生される。



『あ、』

『…―はい。もう落としたらアカンでぇ』

『ん、ありがと…』



 まさかのご対面で動けない雅の様子を見て取ると、白石はいつものように爽やかな笑顔で生徒手帳だけ手渡し、そのまま去った。

―またやらかさんように気をつけたってな。

 隣で同じく固まっていた金江に声を掛けることも忘れずに。
 雅の学校で会いたくないという気持ちを見越してか、最低限の会話で済ませたのだ。

 読み通り空気の読める人間だったらしい。
 真っ赤になる金江の隣で、訳の分からない敗北感に歯ぎしりした。



「―…、…雅!」

「え?」



 不意に、現実に引き戻される。
 気が付くと、金江が呆れた表情で此方を伺っていた。
 いつの間にか休み時間に突入していたらしい。

 アンタ大丈夫?

 熱でもあるんじゃないかと額に当てられた手に、慌てて謝る。



「ボーッとするなんて珍しいじゃない」

「や、ちょっとね」

「は…!まさかアンタも白石君に」

「ないないない」



 わざとらしくのけぞる金江に、気の抜けた表情で手を振った。

 私が白石に持つのは敵対心だけ。

 自分に言い聞かせて一人頷くと、ちらつく憎たらしい笑顔をポフポフと消して、本日も飴をほおりこむ。
 甘ったるいチョコの味に少しだけ口を曲げた。
 そんな雅のポケットからさりげなく飴を手に入れた金江は、彼女の抗議の視線を受けながら包装紙を開ける。



「それよりアンタ良かったの?」

「?なにが」

「…やーっぱ気付いてなかったか」



 大袈裟に溜め息をついた友人は赤い飴を口に押し込みながら、前方の黒板を指し示した。

 あ、苺好きなのに!

 むっとしながらも素直に黒板に視線を移す。
 そこにはズラリと文字が並んでいたが、どう見ても授業内容ではなかった。
 そういえばLHRだったんだっけと思考を巡らす。

 確か文化祭のクラス行事と係決めだったか?

 そこまで思い出し、ふと嫌な予感がした。



「…まさか」

「そ、そのまさか」



 ニヤリと笑う金江が親指で示した方向に、視線を定める。
 クラス行事内容が『喫茶店』となっていることなど、この際どうでもいい。
 問題は、その隣に嫌味ったらしくわざわざ赤で書かれた項目だ。


―文化祭運営係。


 運営係と言えば聞えはいいが、実際は物品準備や管理を行う、いわゆる雑用係である。
 朝一登校、昼休み呼び出し、居残りは当たり前。
 目が回るほど忙しいと評判の、この時期一番のハード係。

 その項目の下に紛れ込んだ自分の名前に、口の中の塊を思いきり噛み砕いた。


 …しくった。






 窓の外からは部活に励む生徒達の声が聞こえる。
 誰もいない教室で、雅は一人机に突っ伏していた。



「初日から集まりとか…」



 帰り際にかかった文化祭運営係集合の放送に、この後金江と行く筈だったケーキバイキングの予定が先延ばしになってしまったのだ。
 哀れみの視線と共に肩に置かれた友人の手が悲しかった。
 その上、他の同じ係の奴は揃いも揃ってサボリときた。

 元々、他の係に入らなかった、やる気のない生徒が無理矢理入れられる係だ。
 これからの仕事ぶりも期待はできないに違いない。
 他のクラスもどれだけ集まるか。

 既に放送がかかってから30分。未だに他の生徒が来る気配はなく、気分は重くなるばかりだった。



「まさか誰も来ないなんてオチじゃないだろーな…」



 一層のこと帰ってしまおうとも思ったが、雅の性格上サボるなんて出来る筈もなく、これからの苦労に頭を悩ませる。
 そもそも考え事などせずにちゃんと係決めに参加していれば、こんな係にならずに済んだのだ。

 最終的に、考え事の原因となった男に怒りは向いた。

 とんだ逆ギレだが、他に怒りのやり場がない。
 拗ねたように口を結んで唸る。



「うー…白石め!」






 不意に、笑う気配が、した。



「俺がなんやって?」

「!」



 ガバリと身体を起こせば、開いた扉に手を掛けて楽しそうに笑う白石が立っている。
 雅と目が合うと、申し訳なさそうに眉を下げた。



「堪忍な、先生に捕まっとったんやわ。にしても飴凪さんだけか。噂には聞いとったけど、ホンマに集まり悪いなあ…」



 苦笑を浮かべて隣の席に着いた白石を、真っ白になった頭で見つめた。





(最早誰かの陰謀としか思えない!)





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