◇
カツカツ。
薄暗く染まる見なれた道に、足音が響く。
すっかり日の落ちた空を見上げ、雅はいつものように飴を転がした。
今日もこの時間だけは何味か分からない。
その理由は、
「完全に日落ちてしもたなあ」
隣を歩く白石の存在だった。
文化運営係なんてものになってしまって以来、これが日課になった。
居残りは覚悟の上だったが、予想外だったのはその終了時間。
そして白石の紳士ぶりだった。
空気が読める男だとは思っていたが、まさか全く逆方向の女を送るなんて思っていなかった。
金江情報によれば電車通学で、かなり学校から離れているらしい。
雅の家だって近いとは言えないにも関わらず、だ。
必死に断るものの、通りすがりの先生が「最近変質者多いから気をつけろよー」なんてタイミングよく声を掛けていくものだから、結局受け入れることになってしまった。
唯一救われた事と言えば、それを話した時の金江の反応だろうか。
運営係なれば良かった…!
あの悔しそうな顔と言ったら。
ざまあみろと笑うと、飴を根こそぎ奪われた。
これからポケットに入れるのはやめようか。
飴専門のポーチを作ろう、そうしよう。
名案だと満足そうに口元を弛めると、不意に空気が揺れ、笑った気配を感じ取る。
恐る恐る隣を盗み見れば、クツクツと笑う白石と目が合った。
思わずジトリと睨み返す。
「…何でしょーか」
「おっと堪忍。飴凪さん、表情豊かやなぁ。さっきから表情コロコロ変わっとるで」
「!」
飽きへんわ。
愉しげに目を細める白石に、さっと視線を反らした。
迂濶だった。
宿敵に笑顔以外の表情を見られるなんて!
とりあえず話を変えなければと、適当な話題を引っ張りだす。
「そういや、何で運営係になんてなったわけ?他にやりたい係なかったの?」
他の係を面倒臭がるタイプには見えないけど。
そういや今まで聞いたことなかったと首を傾げれば、快く返してくれた。
「ああ、うちんとこ担任が適当やからなぁ。係決め、くじ引きで決めたんや」
「くじ引き!?」
「くじ引き。おもろいやろ?」
ギョッとする雅に、予想通りの反応だと嬉しそうな表情を浮かべる。
「しかも人数割り当ても適当やったから、七組の運営係は俺一人やねん」
「それで良いの!?」
「んー…おもろいから有りっちゃう?」
「信じられない…」
担任も担任だが、それを受け入れる白石も白石だ。
もともとキッチリした性格の雅には何とも耐えがたい話だった。
七組じゃなくて良かったかも。
初めてクラス分けに感謝し、同時に疑問が解決した。
そもそも白石のようなアイドル的存在が、一人で運営係なんて有り得ないのだ。
必ずや同じ係を狙う女生徒はいるだろう。
下手をすれば、クラスの女生徒全員の狙いだったかもしれない。
もしやそれを見越しての担任の作戦だろうか。
だとしたら褒めるべきだ。
ここ数日、本人と過ごした事でその人気は実感した。
とにかく、嫉妬の視線が素晴らしかった。
仮面をつけて行動したいと考えたほどだ。
だから七組からは白石しか顔を出さなかったことに違和感を感じていたのだが、くじ引きなら納得である。
一人頷く雅を、白石は面白そうに見つめた。
「で、飴凪さんはどうして運営係になったん?」
「…え」
まさか聞き返されるとは思っていなかった雅は、反応しきれずポカンと白石を見上げる。
おお、新しい表情やな。
言われた言葉に慌てて顔を引き締めて。
「…考え事してたら勝手になった」
「ん、それは意外やな。その内容が気になるところや」
「!〜ッ」
笑顔で言われたさりげない一言に、反射的に睨んでしまう。
内容なんて、言えるわけがない。
敵対心であろうが、白石のことを考えていたのは事実。
貴方のことを考えてました、なんてほぼ告白ではないか。
だからアンタのせいなんだってば!
言いたいけど言えないじれったさに、目つきだけが鋭さを増してしまう。
ギラギラと瞳を光らせる雅に何かを感じ取ったのか、白石は軽く苦笑を浮かべた後、話題を変えた。
「そういや一組の知り合いに聞いたんやけど、一組は和風喫茶なんやなぁ」
「そういう七組はお化け屋敷らしいね」
そっけなく返ってくる返事に、唇が弧を描く。
流石、この季節はこういうネタ出回るの早いわ。
笑う白石の意図を掴もうとチラリと視線を向けた雅は、固まった。
「飴凪さんの浴衣姿、楽しみやなあ」
不意打ちの完璧笑顔は、心臓に、悪い。
鞄を握り締める手は気が付けば真っ白。
頭も、真っ白。
口の中にあった筈の飴はいつの間にか無くなっていた。
(そうか、こうやって女の子を口説くのか)