◇
雅は七組と掛かれたプレートを見上げ、肩を落とした。
今オーラが見れる人が居たならば、彼女は間違いなく黒い空気をまとわりつかせていることだろう。
隣には、普段とは別人のように浮ついた空気を撒き散らす友人。
彼女には悪いが、出来ればそのお目当てとは対面したくない。
金江の言う「白石君」は、ほぼ100%の可能性で雅の日々の対戦相手だ。
自分が負けていると感じてる今、会えなくなるのは困るが、(勝ち逃げなんて許すものか)学校で顔を合わすのも頂けない。
それこそ休息の場が無くなってしまうではないか。
かと言って自分が言いだしたことを途中でほっぽりだすだなんて、彼女の美学が許さなかった。
どうしたものかと眉間に皺を寄せて悩んでいる姿を憐れんだのか。
「雅…白石君いない」
幸運の女神は雅に味方してくれたらしい。
どんよりしたモノを背負う金江がドア付近から戻ってきた。
有難う女神!
心の中でガッツポーズを決めると、落ち込む金江の肩に手を置く。
「残念だったね金江。まあ、また今度」
「はぁー。仕方ないかぁ」
「ジュースでも慢るから元気出しな」
雅ーと抱きついてくる金江を抱き返す。
そうと決まれば速効立ち去るべし。
彼女の背に手を添え、慰めるようにして元来た道を引き返し始めた。
クラスに戻ってしまえばもう会う可能性は無に等しい。
それくらい、この学校は広いのだ。
始めてこのマンモス校に感謝の念を抱きながら、ほくそ笑む。
この角を曲がりさえすれば違う領域だ。
しかし、運命の悪戯は続くらしい。
うし!
勝利を確信した瞬間、
「落としもんやで」
ポン、と肩に手を置かれた。
声とか、視界の端に映った包帯だとか、そんなのを認識する前に体は反応した。
いつもの癖で反射的に笑顔を作って、振り返る。
「あ、ありが」
言葉は続かなかった。
ちょ、雅!
隣で金江が顔を赤くして動揺しているのは意識できる。
ただ、頭が働かない。
固まった雅に少し困ったように笑う「白石」は、手に持っている物を掲げた。
「いきなりゴメンな?落としもんや、飴凪さん」
(何で生徒手帳なんか落とすんだアタシの馬鹿!)