◇
いつもの神社の裏側。
通い詰めた祠の直前で雅は一瞬呆けた。
「え…!?精市様…っ」
いつもなら優雅に佇んでいるかゆったりと腰掛けているかの二択である幸村が、今日に限っては横たわっている。
もしやどこか具合が悪いのか、異常があるのか。
まさかの事態に次の瞬間には弾かれたように駆け出すが、彼の近くに膝をついた辺りで確信した。
顔色、呼吸、異常なし。
表情、穏やか。
「…、ー」
ーあ、これは寝てるだけだ。
「っはー…ふふっ」
安堵と共に一気に緊張感がとけ、そのまま隣に寝そべる。
くつろぎタイムに雅が草むらに横たわるのは常だが、幸村はどんなときも座ったままであるためこれは中々に新鮮な目線だ。
見れば見るほど、創りもののように美しい。
そういえばこんなに間近でまじまじと見るのは初めてかもしれない。
暫くぽーっと眺めていたが、少しの好奇心と多大な下心に負けて、そろりそろりと片手を伸ばした。
毎日柔らかそうに揺れていた髪に、指先が触れる。
「え、何これ絹かシルクか」
触っているのかも曖昧な感触に悶絶して思わず空いている片手で自分の黒髪を触るが、無言で頷いて意識を幸村に戻した。
そもそも神様と比べること自体がおこがましい。
そのままスルリと頬に指を滑らせて、肌にかかる髪を払ってやる。
この際、陶器のようなすべすべ感にも雪のような白さにも最早何も突っ込むまい。
それよりもー、
「…冷たい」
己の温度が際立つくらいのヒンヤリとした感触に、無意識的に温めるように手をその頬に沿わした。
たまに触れ合った際のこの明らかな体温の差も、彼と自分の違いを実感する要素のひとつだ。
人間にはあり得ない、無機質な温度。
このまま触れ合って、体温まで混ざってしまえばいいのに。
ほんの少し切なくなって、微かなため息と共に手を引き戻す。
ー、否。引き戻そうと、した。
「…もう終わりかい?」
瞬間に耳を掠めるいつもよりトーンの低い声と、手に重なる温度に喩え抜きで飛び上がる。
「はあ!」
そのままの勢いで後ろに転がり退きたかったが、幸村の頬に触れた手が彼の手によって上から覆われてしまった状況がそれを許してはくれなかった。
いつの間にか開いていた双眼が、しっかり雅の姿を捉えている。
どちらかといえば、いつもの癒やしモードではなく時折垣間見えるお色気モードの方だ。
熱のちらつく眼差しに射貫かれて、一気に顔に血液が集中した。
「なな、なん、精いっえ、いつから起きて…!?」
羞恥心と後悔と恐れ多さで最早涙目の雅に対し、少しの間の後に幸村が軽く吹き出す。
一瞬で緩んだ空気感に、安心したのもつかの間。
安堵で意図せずこぼれ落ちた雅の涙を、幸村の指先が攫った。
「…ー、君に触ってもらうために寝たふりをしていたって言ったら、怒るかな」
「は…、いえ全く寧ろ鼻血ものです」
寧ろこの状況で鼻血をだしていないことを褒めて欲しい。
つまり最初から起きていたのだという衝撃的事実を受け止めながらも、いつもにも増して優しげに向けられる笑顔から目が離せない。
「雅に会うまでは、別に他人との関わりなんて最低限でよかったんだ。でも、やっぱり好きな人とは触れ合いたいものだね」
「あの、精市様?ちょっと待ってくださいねこれ絶対私心臓もたな、」
気がつけば手は解放されているが、逆に耳から後頭部にかけて滑る彼の指先に思考が追いついていなかった。
言うまでもなく距離は更に縮まって、最早ないに等しい。
制止も虚しくそのまま唇に触れた温度に、雅の中で何かが爆発した。
その熱さは俺が冷やすから、この冷たさは君に温めてほしい。
(神様が狸寝入りはずるい!)
(君といることで、今までになかった温度を確かに自分の中に感じるから)
体温交換、じわり。
2023.09.24