貴方との出会いは、夏も終わる秋空の季節。
◇
客が出ていくと、レジに立っている雅に声が掛かった。
「飴凪さん、ゴミ回収してきてもらってもいいかな?」
「良いですよ」
同じ時間に入っている先輩に笑顔を返し、ゴミ回収をするためにコンビニを出る。
外の空気に触れた瞬間、涼しい風が頬を撫でた。
夏の終わる空を見上げる。
もう秋だ。
時刻は六時前で、空に赤みが掛かっている。
‐そろそろ、来るな。
考えた次の瞬間、人影が見えた。
左手に巻いた包帯はいつも目につく。
「いらっしゃいませ」
雅はゴミ袋に掛ける手を止めて、自慢の営業スマイルを叩きだした。
いつも通りニコリと綺麗な微笑みが返ってくる。
おおきに、とでも言うように左手を上げる姿が店内に消えると、瞬間顔が引きつるのを感じた。
がっくり肩が落ちる。
「また負けた…!何なんだ毎回毎回あのさわやかスマイルはッ」
ごみ袋が手の中でグシャリと音を立てた。
雅は容姿は並だが、笑顔には人並み以上に自信があった。
‐良い笑顔だね。
昔から言われ続けてきたのだ。
笑顔を誉められるのが嬉しくて、どんな時も最高の笑顔を心掛けてきた。
笑顔においては自分の右に出る奴なんていないとまで思っていたのに。
笑顔を最善に生かせると思って始めたバイトで出会った男に、その自信は奪われた。
『いらっしゃいませ』
『おおきに』
-バイトを始めた初日に、しかもレジに入って一番に来た客。
流石に緊張で顔が上げられなくて、手元ばかり見ていた。
『新しく入ったんやんな。頑張ってな』
袋に詰めた商品を渡した瞬間に言われた台詞に思わず上げた視線。
あまりに綺麗に笑う男が見えて、見惚れると同時に嫉妬した。
元々容姿端麗なのも要素の一つなのだろうが、そんなのアルファ要素だ。
口元か、目元か、もしくは全てか。
自然な笑顔は見たこともないくらい完璧だった。
-やっぱ上には上がいるんだ。
今まで積み上げてきた誇りとかプライドとか言うものが一気に奪われた気がして、泣きたくなるほど悔しかった。
叫びたくなる衝動を抑えて、対抗すべく笑顔を作る。
『有難うございました。またのご来店御待ちしております』
まるでデパートのような挨拶。
雅は根っからの負けず嫌いだった。
そんな彼女が、唯一誇りにしてきた笑顔で、負けたまま退き下がる訳がない。
また来て。
しいて言えば挑戦状みたいなものだった。
あまりに一方的で、比喩的な挑戦状。
一瞬キョトン、とした彼は次の瞬間には面白そうに笑って頷いた。
言葉の意味が伝わった訳はないが、挑戦状を受けたものと見なす。
包帯の目立つ左手を軽く上げて去る背中を睨みつけた。
あれから数週間。
彼は毎日来た。
決まって六時前の夕暮れ時に顔を出す。
そのため、雅は出来る限りその時間に入って待ち受けた。
でもやはり初めて負けたと認めた笑顔は手強くて、勝ったと思ったことは未だに一度もない。
はぁ。
思わず漏れた溜め息は、冷たくなってきた風の中に拐われる。
ガサガサ。
苦い思い出に浸りながらまとめたゴミを持ち上げた。
ふい、と出入口に目を向ければ、丁度袋を提げた彼が出てくる所だった。
グッドタイミング。
再挑戦だ。
「有難うございました!」
これでどうだ。
目を細めて、口元を綻ばせて、毎日鏡の前で練習している笑顔を披露する。
顔を合わせた彼はやはり微笑んでいて。
「寒くなってきたなぁ。風邪ひかんように気ぃ付けなアカンで」
不意打ちの言葉付きで素晴らしい笑顔を披露してくれた。
あぁ、今日も完敗だ。
顔に集まった熱はきっと悔しさのせい。
また鏡の前から離れられないじゃんか。
握り直したビニール袋はぐちゃぐちゃだった。
(あぁまたやり直し!)