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隠したい神様



 古めかしい神社の鳥居をくぐった雅は、目的をもった足取りでその裏側の草むらまで急いだ。

 参拝者も入らないであろうその先には、もうひとつ小さな祠がある。
 その近くに人影を見て、頬を緩めた。



「ー、精市様!」

「フフ…そんなに走るとまた転んでしまうよ、雅」



 穏やかな笑みで佇む彼は、この幸村神社で崇め奉られる−所謂神様だ。

 小さい時に迷い込んだのを機に、高校生になった今でも毎日のように通い続けている。
 彼女自身特に霊媒体質というわけでもなく、未だになぜ自分にだけ認識できるのかは分からなかった。
 実は彼は人間でからかわれているだけなのでは。と考えた時期もあったが、幸村は出会ったその頃から全く見た目が変わっていないためもはや疑う余地もない。

 初めは幸村神社にちなんで幸村様と呼んでいたが、俺には精市という名前があるんだよ。とにこやかに伝えられたため改めた。
 本人曰く様も要らないらしいが、さすがにそれは罰当たりだと拒み続けている。

 隣までたどり着くと、ずっと大事に抱えていたそれを掲げて見せた。



「今日はちょうど調理自習があったので、カップケーキを持ってきました」

「いつもありがとう。美味しそうだね」

精市様にそう言ってもらうために昨日も今日も明日も頑張っています

「俺も、雅の手料理を楽しみに毎日を過ごしているよ」

んん!



 真剣な顔でキリッと返せば、麗しい微笑みと共に返ってくる悩殺カウンター。
 幼い頃からずっと一緒にいるため、言うまでもなく彼のことが大好きだ。
 その好意は全力で伝えているものの、さらりと繰り出される彼の返しに照れまくるというのが常だった。

 そんな日課を終えたのち、一度祠にお供えをして受け取って貰う。
 会いに来るにあたってお供え物は必要ないと言われてはいるが、幸村のおかげで人のために料理をする快感を覚えてしまってもはや趣味ーなんならストレス解消の域まで達しているため何にも問題なかった。

 2人で近くに腰掛けて、それぞれのカップケーキに口を付ける。



「うん、美味しいよ。また更に腕をあげたようだね」

「よかった、ありがとうございます。それもこれも、初めの頃の失敗作まで全部食べてくれた精市様のおかげです…」

「ああ、懐かしいな。あれはあれで味があって面白かったけど」

「家族は白目剥いてましたよ」

「あははっ…でも、今となっては雅の料理が楽しみで仕方ないんじゃないかな。俺みたいに」

うぐ



 普段の慎ましい笑い方ではない、無邪気な笑みまで見せつけられて思わず胸を抑えた。
 ふわりと揺れる柔らかそうな髪から、慈しみに満ちた眼差しが覗く。
 冗談や喩えではなく心臓が飛び出てしまいそうだ。

 直視できなくなって、食べ終わるなり動揺を誤魔化すように後ろに身体を倒した。
 草むらと言ってもこの祠周りは神主がかなり気を遣って手入れをしているため、寝転がってもなんら問題ない。

 とりあえずの深呼吸で精神統一を図っていると、同じく食べ終えた幸村が隣に座ったままそっとのぞき込んできた。



「ひぇ!?」

「相変わらず表情豊かでいいね。ところで雅、今日は何かあったかい?」

「…、え」



 あまりのあざとさに堪えきれず悲鳴を上げるが、続いた言葉に一瞬呼吸を忘れる。



ー雅は、昔から隠し事は得意だった。

 元々リアクション豊かではあるが、自分が意識して隠そうとする感情については一切周りに悟らせずに普段通りを装うのはお手の物で、それを自負もしている。
 今日も微塵も出さなかった自信はあるのに、目の前の彼はそれを当たり前のように感じ取っているらしい。



「…さすがに神様に隠し事は通じないということですかね」

「神でも全てを知っているわけではないよ。人と同じで興味のないことを知ろうとはしないしね」

「私に興味を持ってくれているから分かるってことですか?」

「そういうこと。それで?」



 話を聞こうか。

 首を傾けるだけという最低限の促しに、言葉に詰まる。
 自分の変化に気づいてくれることも言われていることも嬉しいはずなのに、何故か今回の悩みは彼には非常に言いにくい。
 複雑なこの感情を整理しながら説明する他ないのだろう。

 「あー」とか「うー」とか意味を持たない音を発しながらも、遠回しな言い方は辞める選択をした。



「…実は今日、告白されたんですよ」

「ーへぇ」



 事の発端であるクラスメイトを想いながら報告をする。
 必死に考えをまとめ上げているため、微妙に視線は宙を泳いで彼の顔は見られなかった。



「もちろん丁重にお断りしたんですけど、」

「…けど?」

「もしもですよ?もしもこの先、誰かと恋をして付き合うことになったら…今のこの日常は変わるのかなって」

「…ー」



 彼の事は大切で、大好きで、かけがえのない存在だ。
 しかし、所詮神と人間ーどうあがいても住む世界が違うことは分かる。
 できる限りこのままの関係を続けたいと思うが、自分もいつか人生の中で様々な選択を迫られるときがくるだろう。
 卒業して仕事を始めれば引っ越しをするかもしれないし、恋愛や結婚があれば此処には通いにくくなるかもしれない。

 この数年で身長や髪も伸びて、身体も心も女性特有の変化を遂げてきた。
 対して、人ならざる彼はその声も姿も笑顔も、全てがあの時のままだ。
 成長するにつれてちらついていた、見ないふりをしていた感情が、未来が。

 他人から具体的に好意を受けた事で、向き合わざるを得なくなっていた。



「あの、もちろん精市様のことは一生お慕いしていますし!此処にはできる限りずっと通いたいと思っています。でも万が一、この先の選択肢によって私が来られる回数が減ったりしたらと思うと、…」



 寂しくて。
 今の日常が、愛しくて当たり前だから。
 私が来なくなったら寂しがってくれる?
 私以外のお供え物は本当は食べて欲しくない。
 きっと忘れられない。
 そもそもこれ以上に好きな人ができるのか。
 精市様は今まで私以外に関わった人って…何よりー、

 どんなに望んでも、人間である私は老いるしいつかは死ぬ。

 言いたいことが渋滞しすぎて、無意識的に強く視界を閉じる。
 一旦気持ちをリセットしようと深く息を吸ったところで、僅かな空気の揺れを感じた。



「…そうだね。もし雅がこの先、俺以外をみるようなことがあればその時はー、」



 降ろした瞼の裏、暗闇に更に影が落ちたのを察して反射的に開眼する。
 今まで鮮やかに見えていた青い高い空はそこにはなかった。










「ー、ここから攫って…


誰にも見つからないところに隠してしまおうか?」










「っー、」



 今度は完全に覆い被さる体勢になった彼に、見たこともない眼差しで射貫かれる。
 いつもの柔和な雰囲気は跡形もなく、近寄りがたい尊さと逆らえない気高さに圧倒された。

 今まではあえて感じさせないように振る舞ってきたのだろう。
 これが神である彼本来の姿なのかもしれない。
 その造りもののような美しさと圧で瞬きもできない状態なのに、それに反する熱と情の籠もった双眼が雅を戸惑わせた。

 頬に添えられた手が、冷たいはずなのに熱くて仕方がない。



「っせ、精市さ…」



 働かない声帯を叱ってなんとか声を絞り出そうとしたところで、その場の張り詰めた空気が一気に緩んだ。



「ーなんてね。すまない、怖がらせるつもりはなかったんだ」

「…えぇ?」

「まあよく言う“神隠し“っていうのは、俺たちのこういう自分勝手な感情で起こっているのかもしれないね」



 体勢を戻していつものように柔らかな笑みを向けてくる幸村の手を、すかさず掴む。



「…雅?」



 相手の変化に敏感なのは、自分だって同じだ。
 いつもと同じように笑っていようと、そこに微かに混じった感情を見逃すことはない。

 その動きはさすがに読めなかったのか。
 珍しくキョトンと瞬く姿にグッときながらも、ガバリと上半身を起こして彼の手を握る指先に力を込めた。



「どうか冗談にしないで。私は今も昔も貴方と一緒に過ごす時間が大好きです。もし何かがあって此処に来なくなるようなことがあれば、その時はさっき言ったように攫って隠してください。私に精市様しか、見えないように」



 真っ直ぐぶつけられた真摯な眼差しと言葉に、今度は幸村が圧倒される番だった。



『ーかみさまはみんなのお願いをかなえるんだね。じゃあかみさまのお願いはわたしがかなえるからなんでもいってね』

『ゆきむら様はお供えしたら一緒に食べられる?あのね、一緒にごはん食べるのはシアワセの一歩だっておかあさんが!』

『神様だって怒ったり泣いたりするのが当たり前ですよね。え、嫉妬?寧ろ嬉しいですどんどん嫉妬してください



 初めて会ったその時から、神と知りながらも当然のようにひとりの人として見て、接してくれた彼女に。
 打算も媚びもなく、純粋に好いて傍にいてくれる彼女に。
 人間に平等に向ける慈愛以上の感情を持ってしまったのだと自覚するのに、大して時間はかからなかった。

 今まで生きてきた莫大な時間を考えれば、彼女と離れている時間などほんの1秒にも値しないはずなのに。
 毎日彼女を待つ時間が、あまりにも長い。
 半永久的な時を生きる自分が次の日をこんなに待ち遠しく感じる日がくるなどと、誰が考えただろう。

 日に日に成長していく雅を見て、愛しさや嬉しさを感じる反面酷い焦燥感に駆られてしまう。
 いつか、人間のパートナーを見つけて自分の元から去ってしまうのではないかと。
 もちろん、それが人間である彼女にとって一番無難な選択で、幸せに繋がるであろうことも理解していた。

 今日はいつもと少しだけ違う彼女を見て、その原因を聞き出して。
 ああとうとうこの時が来てしまったのかと、目の前が真っ暗になった。
 恐らく親しい友人や家族ですら気づかないであろう変化にも気がつけるくらい、誰よりも彼女を理解しているのは自分なのに。

 気がついた時には、ずっと意識して見せないようにしていた裏の顔で迫っていて、少しでも恐怖を与えたであろう自分を殴りたくなった。
 言い放った言葉は冗談でも願望でもなく本心だが、そんなことを伝えれば不信感を深めるだけだ。

 そう思ってはぐらかしたー、のに。

 あまりにも直向きで実直な想いの伝え方をされて、がらにもなく惚けてしまった。



「フフ…、っこれだから君は…」



 堪らずその身体を遠慮がちに抱き寄せると、意外にもがっつりと抱き返される。



「おかげさまで私はもう吹っ切れました。おばさんになってもおばあちゃんになっても、責任もって傍にいさせてくださいね」

「…もちろん。人間としてのお務めが終わってからも傍にいてもらうけどね」

「はい、え?ん、ちょっとそれはどういう…」



 ここにきて背中に回されていた白い指先の力が少しずつスルスルと抜けていくが、今度は逆にこちらが力を込めてやる。



「ふぁ!?あの、」

「言質はとったし、これで安心して準備ができるよ」

なんのですか!?

「今は立ち入りできない場所も出入り自由になるし、一緒に行きたいところもたくさんあるんだ」

おーい精市様?お願いですから私にも分かるように説明を…」



 いよいよワタワタし始めた雅に軽く吹き出すと、一旦解放してその顔を見つめた。



「精市様?」



 何だかんだで、いつだってこうして直向きに向き合ってくれる姿が好きだった。
 ついでに、その漆黒の瞳の中に映る自分の表情に苦笑する。
 彼女といる時の自分は毎度毎度こんな顔をしていたのか。



「ー、俺はいつまででも待つよ。だから、雅の準備が整ったら…これからも一番近くにいて欲しい」



 神様の願いは全部君が叶えてくれるんだったよね?

 こめかみに唇を寄せれば、真っ赤に染まった姿にまた笑った。







赤い糸では頼りないから赤いしめ縄にしておこう。


(待って今日はなんか見たこともない一面ばかりで色々追いつかない待って待って)
(とりあえずまずは“お守り“を持たせないとかな)


刃こぼれ鋏。


2023/09/21


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