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15:




「…」



 渡されたあみだくじを前に、雅はシャーペンを握りしめた。
 コツコツと芯で机を叩く動作は、正にその心境を現している。
 そんな彼女の机にふと影が落ちたかと思うと、陽気な声が鼓膜を刺した。



「なんや飴凪、迷いすぎやでぇ!せやなあ、俺のお勧めはここやっ」



 耳を抑えたくなるのを必死に堪え、気持ち視線を上に上げる。
 誰かなんて確認する必要もない。
 派手な帽子とニヒルな笑みが視界に入ると、雅はお得意の笑顔を披露した。
 
 にっこり。

 久しぶりの営業スマイルを叩き出したのち、あみだを渡してきた張本人―新しい担任である渡邊オサムの指差す場所とは逆の位置で、ペンを動かす。



「じゃあここで」

「あっはっは、無視かい!まあええわ!ほい、じゃんじゃん回すでぇっ」



 そんな雅の反応に豪快な笑いを返した渡邊はヒョイとあみだの紙をつまみあげ、彼女の後ろの席の生徒へと手渡した。
 そのまま渡邊の身体が後ろに流れると、今まで彼の影になっていた隣の席へと視線を向ける。



「…そろそろ笑うの辞めたら?」

「ぶっ…ごめ、っくく…!」



 机に突っ伏すようにして笑い続ける親友を前に、呆れたように息を吐いた。
 偶然とは素晴らしいもので、一学年七組というマンモス校にも関わらず、今年も彼女と同じクラス。
 これで、この神嵜金江とは三年連続クラスメートを達成したことになる。

 そしてそんな彼女が爆笑している原因の一つが、渡邊の存在だった。




―数分前、十分程遅れて教室に入ってきたこの担任は早々に、雅にとっての爆弾を投下した。



「さて、これから学級委員やら何やら決めなアカンなあ。面倒やからくじ引きや!あみだくじ回すでえ」

「…は?」



 思わず口から間抜けな声が出る。

 待て待て待て、こういうのは普通に立候補じゃないの?

 一般的には、立候補で決まった学級委員にバトンタッチして、残りの委員などを決定してくのではないだろうか。
 元々きっちりした性格の雅には信じられないやり方だった。
 目を見開いてワナワナ手を震わす彼女の前で、渡邊は鼻歌混じりにあみだを作成し始める。

 そんな姿に、いくつかの場面が雅の中で思い起こされた。



『んー、うちんクラスはクジで決めたからなあ』

『ああ、今回もクジやで』

『クジ以外の決め方?せやなあ…あ、サイコロ振っとった時もあったな』



 頭によぎる白石との会話の数々。
 それらをことごとく吟味する雅の眉間には、徐々に深い皺が刻まれ始める。

―ああ、間違いない。

 引き攣る口元を何とか隠そうと奮闘するが、それも叶わなかった。
 じっと落とした視線の先に、ズイと紙が差し出される。



「これも面倒やしもう前からでええなあ!ほれ、きばって選びぃや!」



 生徒ウケしそうな態度でフレンドリーに向けられる言葉の数々に、確信した。



―…前の白石の担任だコレ。



 雅の性格を熟知している金江には、色々葛藤する彼女の反応が面白いらしい。
 隣でプルプル肩を震わす親友を遠い目で見つめる。

 頭を抱えたくなる衝動を抑えながら、雅はシャーペンに手を伸ばした。








「…嘘でしょ」

「こりゃまた。おめでと雅」



 目の前の光景を見て絶句するが、何度瞬きしたところで、それが変わることはなかった。

 当然の如く、一番最初に発表されるのはクラスの要となる係だ。
 学級委員の欄に見事に書かれた自分の名前。
 まあそれは仕方ないとしよう。
 副室長の文字の下を埋める“飴凪”という単語に肩を落としながら、何とか落ち着こうと軽く深呼吸する。

 問題は、相方となる室長だった。
 毎度ながら何故、こうなるんだろうか。

 渡邊が着々と黒板に結果の続きを綴っていく中で、そちらには目も向けない女生徒達。
 彼女達の視線は一つに集中しており、

―…ああ、だから視線が痛いってば。

 その標的は専ら、雅だった。
 冷や汗を浮かべながら、ただひたすらに黒板を見つめる。
 この時だけは、一番前の席であることに感謝した。



「あーあ、ここまでくるともう運命だよねぇ」

「…いやいやいやいや



 両手を組んでうっとりする金江に対し、可笑しいだろうとブンブン首を振る。

 大体、当初“彼”に対して一番騒いでいたのは彼女だ。
 あの時の乙女は一体どこにいったのだろうか。
 金江が頬を染めながら語っていたのが遠い昔のような気がする。

 雅が肩を落として空笑いを浮かべていると、ポケットが振動した。
 ちらりと担任の位置を確認しながらこっそり取り出して開ければ、新着メールが一件。

 差出人は、まさしく今現在の悩みの種である男だった。



『また一緒やな。よろしく頼むわ。』



 シンプルな二文に思わず振り返る。
 嫉妬心丸出しの視線達の間から垣間見えた笑顔に、速攻で首を元の位置に戻した。
 顔が、熱い。

 包帯を巻いた方の手で頬杖をついて微笑む姿が、妙に瞼に焼き付いた。



「…、」



 暫くの沈黙の後、雅は携帯のボタンに指を滑らせる。
 宛先は勿論、今年初めて同じクラスとなった完璧人間だ。

 この事実は、金江のもう一つの爆笑ネタでもあった。
 今朝、クラス分け発表が貼り付けられる掲示板前にて、極上の笑みで肩に手を置いてきた彼女を少し恨めしそうに見つめると、パタリと携帯を閉じる。



“送信完了”



後ろを振り向く気にもなれず、穴をあける勢いで黒板を見つめた。







(嬉しいだなんて絶対思ってやるもんか…!)





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