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12:




 ザクリザクリ。

 白く染まった道を歩く。
 吐く息が白い靄になって空気に溶けるのを見つめると、雅はマフラーに口元を埋めた。

 ああ、なんかこの展開にも結構慣れてきたな。

 遠い目をする雅の足跡の隣には、もう一つ、一回り以上大きな足跡がついていく。



「クリスマスにも降らんかったのに、やっぱ二月は違うなあ」

「…そうだね」

「なんやえらいテンション低いやん」

「…まさか待ち伏せをくらうとは思っていませんでしたので」



 ふふふと諦めの笑みを溢す雅に、白石はハハハと笑い返した。



「待ち伏せやなんて人聞き悪いなあ。普通に飴凪さんを待っとっただけやんか」

「あんな死角で待ってるのが普通?」



 裏口の曲がり角で控えていた白石に反射的に悲鳴をあげてしまった事を思い出し、赤くなる顔を不機嫌な表情で誤魔化す。

 情報通り裏口を通って帰った自分も自分だ。

 それに、白石が目立たないところで待っていなければいけなかった理由も分かっている。
 裏口から帰る、という点からも考えるべきだった。

 数十分前、さて帰るかと靴箱へと向かった雅が目にしたのは、靴箱に群がる女性群。
 正確には、靴箱でチョコを手に待機している、恋する乙女達。
 そのお目当ては考えるまでもなかった。

 ああ、と一つ納得すると、自分の片手に持つ靴に視線を向ける。

 何故靴箱に辿り着く前に靴を手にしているのかと問われれば、理由は簡単。
 教室から出る前に、にっこり笑った親友に押し付けられたからだ。



『これ、チョコのお礼』



 爽やかに渡された自分の靴に何の嫌がらせかと思ったが、確かにこれは十分お礼に値するものだろう。
 今の自分の状況が分からないほど、雅も疎くはない。
 
 文化祭の運営係から始まり何かと白石の隣に位置することが多かった雅は、今や完全に白石ファンの目の仇だ。
 女心に火がついている今日この頃、あの女生徒達の前へとノコノコ姿を現せばどうなるかは目に見えている。
 恋する女の子は怖いのだ。

 クリスマスイブとクリスマスの事を知られた日には、確実に呪われることだろう。

 ブルリと一度身震いをすると、どこか遠くを見つめながら空笑いを浮かべて踵を返す。
 そんな雅は、親友の読みの深さに敬意と恐怖を感じながら裏口へと向かった。




―今に至る経緯を思い出し、雅はフッと笑って目を閉じる。

 そんな彼女に、白石は楽しげに笑い掛けた。



「飴凪さん、相変わらず百面相得意やなあ」

「黙らっしゃい。…そういえば、」

「ん?」



 不意に首を傾げた雅に、白石も首を傾げ返す。
 お互いが首を傾げるという何とも間抜けな状況下で、感じた違和感を素直に口に出した。



「白石、身軽そうだけどチョコは?」



 そうだ、見た時に感じた違和感はこれだ。

 自分の言葉に妙に納得しながらも、雅は改めて白石を眺める。
 制服の上にコートにマフラーといった自分と何ら変わらない装備の他には、やはり自分と同じ学校指定の鞄のみ。

 彼ほどの男がバレンタインにチョコを貰わないなんてあり得ない。
 実際、彼にチョコを渡そうとそれこそ待ち伏せをしている集団を、この目で見てきたのだから。

 両手に紙袋のイメージだったんだけど。

 ポツリと溢すと、大袈裟や、と苦笑した。



「ダイエット中やねん」

「今確実に私を含めたそこら中の女子を敵に回したよ」

「ん?飴凪さんはそのままで充分やと思うけど」

「…返すところはそこなんだ」



 ああ何だか調子が狂う。

 うまいことはぐらかされた気はするものの、やっぱりなくなって良かったかもしれないと消えたチョコのことを想った。

 もしかして甘いものが苦手だったりするんだろうか。

 云々唸るようにしてうつ向く。
 更にすっぽりマフラーに顔を隠す雅を微笑ましそうに見つめながら、白石はヒョイと塀の上の雪を掬った。



「?」



 不思議そうな目で見つめてくる雅に笑みを返して、作業を続ける。
 そのまま歩き続けて数十秒。

 白石の手の中から姿を現したものに、雅の瞳が輝いた。



「わ、可愛い」



 チョコンと手の平に収まる、白い雪うさぎ。

 誉められる笑顔を含めても全体的にクールに見られがちな雅だが、可愛いものには目がなかった。
 特に、ウサギなんてものには過激に反応してしまう。

 今までの態度と一変して笑顔を見せる雅に口元を弛めた白石は、それを彼女の手に移した。



「ありがと」

「どういたしまして。そない好きなら作ってみたらいいんちゃう?」

「…コツ教えて」

「ええで」



 雅が一旦雪ウサギを避難させたのを見届けてから、白石は再び塀の上から雪を掬う。
 それに倣った雅も雪を掬って見よう見まねで彼の動きを真似るが、彼女は残念ながら器用な部類ではなかった。

 色々アドバイスを受け何とか完成させるものの、白石のウサギと並べると違いは一目瞭然。
 勿論白石の指摘は正確かつ易しいものだったのだが、雅の不器用さの方が勝ったらしい。

 両手に乗せた何とも間抜けなウサギを見つめて、雅はふるふる肩を震わした。



「なんで…、なんでこんな間抜け面に…!」

「…」



 ああああと嘆く彼女だったが、その耳は少しの空気の振動を捉える。
 普通なら気付かないような微かな気配だが、白石といる間に何度も感じたそれに、雅はめざとく反応した。



「…白石」

「……、…ん?」

「笑ってるでしょ」

「〜ッはは!飴凪さん、いつからエスパーになったん?」



 手の中のウサギに視線を落としたまま言う雅の言葉に、堪らずといった様子で笑う。
 それを聞いた瞬間、雅は無言でその場にしゃがみ込んだ。



「飴凪さん?」

「…」



 呼び掛けにも応じない雅に、からかいすぎたのかと白石の顔に焦りが見え始める。



「ごめんな、怒らせるつもりは…、」



 言葉は、そこで途切れた。
 否、止めざるを得なかった。

 ヒュンッ。



「!」



 突如勢いよく飛んできた白に、反射的に顔を腕でかばう。

 ベシャッ。

 一拍置いて、何かが潰れる音と腕への軽い衝撃が白石に伝わった。
 ついで頬を霞めて飛び散る、冷たい感触。
 瞬時に何が起きたのかを理解した白石は、『雪玉』をうけた左腕を軽く払いながら、雅がしゃがみこんでいた方向を見る。

 そこには、即席の雪玉を片手に不敵に笑う雅が立っていた。



「…惜しい。伊達に完璧人間とは呼ばれてないみたいだね」



 その反射神経は反則じゃない?

 むぅっと片眉をひそめる雅の言う通り、白石でなければ確実に顔面に直撃していた一撃だった。
 それくらい素晴らしいコントロールの、容赦ない玉だったのだ。

 それを認めたのち、白石はゆっくり唇の両端を引き上げた。



「…飴凪さん、中々お茶目なとこあるやんか」



 新しい発見や。

 ニッコリと綺麗に笑った白石に、雅の本能は危険を察知する。
 端から見れば女の子が黄色い声を上げるであろう笑顔だが、その手には既に雪玉が出来上がっていた。



「ええ!?ちょ、雪玉作るの早すぎない!?」

「タンマはなしやで」

「や、今日はカイロ貼ってないんだけど…!」

「問答無用や!」

「って冷たっ!きゃーちょっとっ…も、そこ動くな白石ー!」

「動かな当たるやん」

「当たれー!」



 鞄を下ろして完全な戦闘体制に入った雅に、受けて立つとでも言うように白石も鞄を下ろす。

 それから数十分。
 気付けば二人とも真っ白で、暫く見つめ合ったのち、互いに笑い合った。



「真っ白や」

「白石もね」



 風邪ひかないようにしないと。

 困ったようにクスクス笑う雅の頭に、スッと白石の手が伸びる。



「動いたらアカンで」



 髪の雪を落とす指先に、照れたようにうつ向いた。







(やっぱりチョコ、渡したかったかもしれない)





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