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13:




 はむはむ。
 はむ。
 みょーん。

 はむはむはむ。
 みょーん。 

 静かな部屋で、雅はひたすら葛藤していた。

 目の前に座る白石は、もう既に闘いを終えている。
 そんな彼と向き合って炬燵に足を入れる彼女が格闘しているのは、冬の名物アイス―雪見だいふくだった。

 みょーん。

 餅が、伸びる。



「…」


「…」



 はむはむはむ。
 ごくん。

 やたら伸びた餅を一生懸命たぐり寄せて口に運んだ雅は、その塊を飲み込んだ。
 やっと終わったと息を吐くと、備え付けの楊枝のようなフォークをコトリと置く。
 予め入れて置いたお茶を両手で取り、すすった。

 ズズ。

 湯飲みから離した唇は、静かに音を発する。



「…白石」

「…、ん?」

もういっそのこと堂々と笑って



 雅の持つ湯飲みがカタカタと震えているのは怒りからか恥ずかしさからか。
 恐らく両方だと汲んだ白石は、益々その口元を緩ませた。



「これは子どもを見つめる親のような微笑ましい笑みなんやけど」

いや意味分かんないから



 熱った顔の熱を下げることもままならないまま、雅はキパッと切り捨てる。

 正直、頭が回らなかった。

 彼を家に上げるのはこれで二度目だ。
 結局、雪合戦でびしょびしょになってしまった為に、近くである雅の家で服を乾かすことになったのだ。
 まさかこんなずぶ濡れ状態の白石を電車に乗らせるわけにもいかない。
 しかも忘れかけていたが、今日はバレンタインデーである。

 白石のことだ。
 行き帰りの電車の中でさえ、女の子のハートをキャッチしている可能性も存分にある。
 下手したら、毎朝一緒の電車で通う他校の子やOLにも待ち伏せをくらいかねないのではないか。

 考えすぎかと思うものの、目の前の笑顔を見ているとあながち外れていない気もする。



「はあ…」

「溜め息つくと幸せ逃げるで」

「逃げる幸せもないから溜め息つくんだよ」

「よく聞く屁理屈やなあ」



 頬杖をついたままクスリと笑った白石に、雅はムッと眉を寄せた。
 
 帰ってくるまでに寄ったコンビニで買った、期間限定の雪見だいふくのパッケージに視線を落とす。
 ティラミスと表示されたそれに、甘党の雅が目を奪われるのは無理のないことだった。

―あの時買おうと思ったが、財布を忘れたことに気付き肩を落としたのだ。

 そんな雅の背後から腕が伸びた。
 濡れたコートの袖口から覗く白い包帯。

 誰かなんて確認する必要もない。



『お、新商品やん。これは買わなアカンなあ。半分こしよか』



 二個入りやから一個ずつ。

 いつの間に隣にいたのか、一緒にコンビニに入った白石が、雪見だいふく片手に雅に笑いかけた。

―まあ、それに甘えた自分も自分だけどさ。

 自分への嘲笑含めフッと笑うと、残りのお茶を流し込む。
 コトリと湯飲みを置いた雅は、思い出したように切り出した。



「そうだ、お金半分返すからさっきのレシート見せて」

「ん?ええでそんなん。大した額でもあらへんし」

「だめ」



 白石は頬杖を外して微笑むが、雅は引き下がらない。

 元々きっちりした性格は金銭面でも健在だった。
 特に借りを作るのを嫌うため、自分が奢るのは兎も角、奢られるのは耐えられないのだ。
 そういうところも彼女の魅力の一つなのだろうが、今回のような件で引き下がるのは男としても面目が立たない。

 白石は苦笑を溢すと、何とか説得しようと試みた。



「今日はバレンタインやし、ちょっとした逆チョコやと思って。な?」

「う…。でも!ほ、ホワイトデーとかめんどくさい、し…」

「そんなんいらへん。気持ちだけで十分や」

「それこそ嫌だよ!ちゃんとお返しはしますっ」

「いや、でもその必要はないと思うで?俺も貰ったからオアイコやなあ」

「だから…、……え?」



 何とか対等にと奮闘する雅だが、何か聞き逃してはならない単語が耳を通り過ぎた気がしてハタリと止まる。

 さっき、白石は何て言った?

 グルグル回る頭を見越したように、白石は綺麗に微笑んだ。



「チョコ、美味かったわ。グミチョコなんて手込んどるやん」

「…はい!?な、なななんで…!!」



 雅が思わず詰め寄るのも無理はなかった。

 白石に渡す筈だったチョコは、現在行方不明中だ。
 彼に渡っている筈が、ない。
 しかし、グミを使用しているといった特徴を当てたからには事実なのだろう。

 といってもチョコが白石に渡っているという事実よりも、チョコを渡すことがバレていたということの方が雅にとっては重要だった。
 羞恥心で顔を真っ赤に染めあげながら問い詰める。



「何で白石が持ってるの!?渡した覚えないんだけど…!」

「んー、せやなあ…魔法使いにヒント貰って取りに行ったってとこやな」

「〜ッまた子供扱いしてるでしょ!?」

「前も言ったけど、俺は飴凪さんのことは女の子としてしか見てへんで」

「ッ」



 だからそういう事をサラリと言うな!

 思わず言葉に詰まる雅を微笑ましそうに見つめると、白石は冷め掛けたお茶を飲み干した。



「因みに魔法使いは飴凪さんの身近な人や」



 ゆったりと耳を通過する言葉。

 コトリ。

 丁寧に置かれた湯飲みを瞳に映す雅の脳裏には、同時に親友の顔が映し出される。



「…金江?」



 それには答えず、白石は笑みだけを返した。
 それを肯定ととった雅は、ガックリと肩を落とす。

 やられた…!

 あの軽くエスパーな親友の事だ。
 あれから何らかの方法を駆使してチョコの在りかを見つけだし、白石に連絡をとったのだろう。
 嬉しさと恥ずかしさが激しく葛藤を繰り返した。

 暫しの沈黙の後、僅かに視線をずらした雅が口を開く。



「…美味しかった、って、無理してない…?」

「俺は冗談は言っても嘘はつかん主義や。俺からも一つ聞きたいんやけど」



 その言葉に視線を戻した雅に向かってニコリと口の端を上げて。



「渡すのは俺で間違いなかったん?」



 まあもう食ってしもたから返せやんけど。

 少し悪戯っぽく笑う白石に、やっとの思いで焦点を合わせ続ける。

 間違うわけがない。
 自分が渡したいと思っていたのは、思ったのは、間違いなく彼だ。

 しかしながら口は上手く動かなかった。
 しっかり結ばれた唇を無理矢理開くことは出来ず、仕方なく頷きで返事を返す事にする。
 コクリとぎこちなく縦に動かす首。
 既に視線は白石の胸元辺りまで落ちてしまっていた。

 顔が、熱い。

 熱に魘されているような気分でじっと固まっていると、いつもの落ち着いた声が耳を擽る。



「めっちゃ嬉しいわ。おおきに」



 反射的に顔を上げた雅は、今度こそ固まった。
 そこにあったのは、普段の綺麗な笑みではなかった。

 嬉しそうに、ただ嬉しそうに笑うその笑顔に、自分の顔の色がどうなっているのか心配になった。







(どうしよう。私…白石が好きだ)








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