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雪がちらつく二月。
雅は鞄の中を覗いて唖然となった。
「…あれ?」
ガサゴソとあさるが、お目当ての物は見つからない。
不意に机に影ができ、顔を上げると怪訝そうな表情をした金江が一緒に鞄を覗きこんでいた。
どうやら雅の挙動不審を気に掛けてくれたらしい。
「どうした、何か忘れた?」
珍しい友人の焦り具合に軽く眉を顰めて、その顔を覗き込む。
問われた雅は鞄から視線を外さず、一言。
「…、チョコが、ない」
「ん?朝私にくれたのと同じやつ?」
くわえていた棒付きキャンディを口から外しながら聞き返してくる金江に、肯定の頷きを返す。
―今日は、女の子の勝負の日だ。
チョコを媒介に相手に気持ちを伝える―所謂バレンタインというやつである。
まめに見えて結構面倒臭がりの雅は、毎年決まった人間にしか渡さない。
中学からの友達である金江は勿論カウントされており、今日も朝からラッピングしたチョコを渡した。
そしてもう一つ、今年に限って余分に用意したチョコがあった筈なのだがー。
それは、現在、完璧に彼女の前から姿を消していた。
ガックリと肩を落とした雅は、震える声でワナワナと両手を見つめる。
「あああ…材料費が一つ分無駄に…」
「突っ込むところはそこでいいわけ?」
呆れたような金江の言葉に冗談だと笑って、雅は顎に手をやった。
「んん…絶対入れたはずなんだけど。現に金江に渡した時には入ってたしなあ」
「あんた呑気すぎ。折角白石君に持ってきたのにいいの?」
「まあそれは残念だけ…はあ!?」
「なに、ばれてないとでも思った?」
ニヤニヤと笑って肩をこづいてくる金江に、どんどん雅の顔に熱が集中する。
パシリと軽くその手を払って、視線を横に流した。
「…色々お世話になったから、そのお礼」
大体、白石は金江の憧れの人物だ。
彼女が渡さないのに、元々は彼に興味がなかった自分がチョコを渡すのはどうかと迷っていた。
だからチョコが原因不明の失踪を遂げてもうろたえなかったし、反面、どこかホッとしたところもあった。
そんな雅の心境を見透かしたように、金江は目を細める。
「雅、言っとくけど私のは『憧れ』だよ。そこらの芸能人とかへの気持ちと同じ。好きは好きだけど恋とは違う」
「ちょ、恋!?待ってよ別にそんなんじゃ、」
過剰反応する雅に思わず笑った。
自覚はあるのか、ないのか。
しかしどちらにしてもバレバレだ。
「ま、今はそれでもいいけどね。ただ―」
金江は一旦そこで言葉を切ると、首を傾げる雅の頭に手を置いた。
「?」
「…何でもなーいよ」
「なにそれ」
何か最近子供扱いばっか。
乗せられた手を無理矢理退かしてムッする雅にケラケラ声を上げて、金江は彼女に背を向ける。
「どっかお出かけ?」
「ジュース買ってくる。何かいる?」
「じゃあミルクティー」
「了解。あ、そうそう雅」
教室のドアに手を掛けて、金江は思い出したようにクルリと振り向いた。
悪戯っぽく笑って一言。
「私の情報だと今日は白石君裏口から帰るよ」
「…なんでそれを私に言うのかが理解できないんだけど」
「あはは、言ってみたかっただけ。じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
「ん、行ってらっしゃい」
少々ジトリとした視線を向けながらも手を振ってくる雅にウインクを残し、金江は教室を後にした。
カツリカツリと廊下を歩きながら、ポケットに手を突っ込む。
不器用な親友の事を思ってヤレヤレと笑うと、携帯を取り出して何やら打ち込み始めた。
「まあ、文化祭の運営係の時点でこういう兆しはあったけど」
何かと白石君との絡み多かったもんねぇ。
少し楽しげに唇の端を上げると、送信ボタンに手を掛ける。
「今回のはちょっとやり過ぎかな」
人が溢れる昼休みの廊下で髪をなびかせて歩く少女は、今までとは違う笑みを浮かべて画面に視線を落とした。
『送信しました』
「いくら白石君が好きだからって、雅にちょっかいかけるのは許さないよ」
親友に向けられる嫉妬の視線を思い出し、唇を歪める。
―ブブ。
震える携帯に視線を戻してメールを開くと、その内容を見て満足げに瞼を閉じた。
「女の嫉妬は醜いってね。
―頼りにしてるよ、『白石君』」
コツンと画面を叩くと、携帯をパタリと閉じる。
暫く歩いた先で不意に窓際に視線をやり、ゆっくり笑みを浮かべた。
「…さて、ストレートティーでも買っていってやるか」
どういう反応返してくれるかな。
甘党の親友の顔を思い浮かべて、ニヤリと笑った。
(あんたが思ってる以上に、あんたを想ってる人間はいるよ)