貴方への気持ちが変化を遂げたのは、寒さが肌を突き刺すような、冬の季節。
◇
ザリザリ。
一気に寒くなり、霜が降りた道路が進む度に音をたてた。
両手で抱える紙袋がガサガサと鳴る。
中には小型のクリスマスツリー。
気が早いとか、そういう話ではない。
今日はクリスマスイブ当日だった。
そして、雅はそういうイベント事に凝るタイプでも、ない。
クリスマスツリーなんて喜んで飾っていたのは小学生までだ。
それがなぜ、こんな物を抱えて歩いているのかと言えば、買い物帰りのクジで当ててしまったからである。
頂いておいて何だが、とんだ迷惑だ。
荷物が増えてしまったということと、更にもう一つ。
ムーっと眉をしかめる雅の隣から、耳によく馴染む声が聞こえる。
「あ、そこ危ないで」
「?って、わ!?」
ズルリ。
その言葉を理解すると同時に世界が動いた。
凍った水溜まりに足をとられ、身体が後ろに傾く。
反転する視界、一瞬で目の前に広がる空に、次にくるであろう痛みに備えた。
しかし、耳が捉えたのは自分が地面に叩き付けられる音ではなく、ガサリとなるスーパーの袋の音。
そして、背中から腕に感じる温度と引き寄せられる感覚だった。
額の皮膚にある受容器がコートの生地のザラザラとした触感を脳に伝える。
揺れる脳に状況把握の時間も与えず、降ってくる音の振動。
「前から思っとったけど、意外に危なっかしいなあ」
微笑む気配を感じると同時に、状況把握が一気に済んだ。
つまりは隣を歩いていた白石に助けられたのだ。
そして最終体勢が、これ。
頭が白石の胸辺りに押し付けられ、体重を預けるようにして彼の方に寄りかかっている状態だ。
理解と同時に慌てて離れる。
「っごめん!」
焦ったせいで雅の腕から滑り落ちそうになった紙袋をパシリとキャッチして、その手に戻した。
「…ありがと」
「どういたしまして」
視線を反らすようにして礼を述べる雅を微笑ましく見たのち、白石はスーパーの袋を持ち直す。
ガサリ。
先程からずっと耳にし続けている音に、雅は申し訳なさそうに隣を見た。
再び歩き始めた彼女の横には、スーパーの袋を4つ手にした白石。
彼に出会うまでは自分が必死に運んでいた量だったが、流石、男子が持つと余裕さえ見える。
こんな大荷物の時に限ってクジでクリスマスツリーなんて物を当ててしまい、困っているところにヒーローのように現れたのが彼だった。
さも当然と言わんばかりに雅の手から4つの袋を拐った上、彼女の家までお供をしてくれるとのこと。
全く、どこまでお人好しなんだか。
もう転ばないようにとしっかり地面に気を配りながら、雅は口を開いた。
「白石、」
冷たく澄んだ空気に、女子独特のソプラノはよく響く。
いつもならあまり自分から話しかけないが、彼女にはどうしても気になることがあった。
「ん?」
快く先を促してくれる白石の、マフラー辺りに視線を留めておく。
「今日、クリスマスイブだけど」
「せやなぁ。飴凪さんはサンタ信じとる?」
「え?いや、それは小学生くらいまでかな…、ってそうじゃなくて!」
「何が違うん?」
慌てて突っ込む雅を面白そうに眺めて、白石は軽く首を傾げた。
こ、この男は…!
明らかにからかいの色が見え、少しムッとなりながら今後はしっかり目を見つめる。
「クリスマスイブなのに、こんなとこにいていいの?」
そうだ。
一年の中でも恋愛イベントとして名高いこの日に、この完璧人間を周りがほおっておくわけがない。
きっとお誘いが山ほどきていることだろう。
そもそも、彼女はいないのだろうか。
そこまで考えて、その可能性はすぐに削除した。
きっと、白石程の人気を誇る人間に彼女なんて出来た日には、すぐに噂になる。
その類のものは耳に入った事がない。
暫く物思いに耽っていた雅だったが、見つめすぎたらしい。
そない見つめられたら照れるなあ。
目を細める白石に焦ったように顔を反らした。
雰囲気を楽しむように一拍置いて、形のいい唇が開かれる。
「それなら何も問題ないで?」
―…え?
疑問を持つ暇も与えられなかった。
そのまま地面を見つめる雅の鼓膜を、涼しげな声が悪戯に揺らす。
「―今日は飴凪さん誘いにきたんや」
いつも通りの落ち着いた声色。
顔を上げることは、できなかった。
(私を嫉妬の渦にほおり込む気ですか)