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退屈しのぎにキスをしよう。



「臨也さん、抱きつかせて下さい!」

「うん、丁重にお断りするよ」



 キラキラ輝く笑顔でデスクに身を乗り出してくる少女に、臨也はこれまた麗しい笑顔を返した。
 最近の日課になりつつあるやり取りに、ギシリと椅子の背もたれが音を立てる。

 軽くあしらわれたにも関わらず、少女がめげる様子はなかった。
 少しムゥっと唸ったかと思うと次の瞬間には笑顔を取り戻し、



「じゃあキスさせて下さい!」



 こう言い切る始末だ。



「どうして断られた内容より進むんだろうねぇ。つくづく君の頭の中が気になるよ」



 笑顔を固めたまま首を傾げる臨也はヒョイと手を伸ばして少女の頬に触れたかと思うと、そのまま思い切り引っ張った。
 少女の柔らかい頬がにょーんと伸びる。



「いひゃ、いひゃいへふ」

「はは、傑作」

「んーーー〜!」



 臨也の両手を掴んで必死に頬から引き離そうとするが、彼も線は細いものの男だ。
 男女の力の差には敵わなかった。
 それでももがく少女を面白そうに見つめる臨也は、不意にパッとその手を離す。
 
 いたッ!

 解放されるなり両頬を抑えた少女はデスクに顎を乗せるようにして唸った。



「ッうー…酷いですよー臨也さん」



 標準より小さめの手からは、赤く充血した白い肌が覗く。
 恨めしそうに見上げてくる瞳に、また笑った。







『付き合って下さい!』

『…は?』



 それが二人の初会話だった。

 臨也が何か面白いものはないかと特に宛てもなく散策に出掛けた時だ。
 突如目の前に飛び出てきた少女に、告白された。

 勿論、いくら記憶を掘り返そうと彼女に覚えはない。
 臨也は興味のないことはすぐ頭から消去する質だが、これだけインパクトのある人間を忘れる事はないだろう。
 初対面だ。

 いきなり付き合ってくれと言われれば大抵は困惑するか無視するかだろうが、生憎、少女が告白した相手は普通ではなかった。 
 いい暇つぶしが見つかったと取るや否や、臨也はニッコリと爽やかな笑みを浮かべる。



『君とは初対面だと思うんだけど。俺のどこが好きなのかなあ?』



 臨也自身、確かに容姿はずば抜けて良かった。
 好みは分かれど、十人中十人が格好いいと評する外見だ。
 今までも臨也のことを知らない異性が声を掛けてきた事は何度かあったが、そういう輩は皆この問掛けに対し綺麗事を並べるだけだったし、本性を知るなり怒るか泣くかして離れていった。

 さて、今回はどうかな。



『どこが好きって…、』



 臨也が探るように見つめる中、少女は拳片手に言いきった。



『顔です!一目惚れってやつですねっ』



 包み隠さずの答えに、思わず笑う。



『はは、実に正直だ。でもいいのかな?顔は好みでも性格は最悪かもしれないよ?』



 そう、そこが一番の問題だった。
 臨也本人から見たとして彼の性格は間違ってもいいものとは言えなかったし、これに触れた人間は一部を除いて二度と近付こうとはしない。
 人類全てに歪んだ愛情を持つ異常者だ。
 それを自覚しているからこその質問だった。

 しかし、目の前の少女に動揺は微塵もなかった。
 最初と何も変わらぬテンションで、笑う。



『私が見るのは顔だけです!あとはどーでもいいですよ』



 ここまではっきりしてる子も珍しいと少し感心する臨也だったが、問題はこの後の台詞だった。



『顔さえ良ければそれが情報屋だろうがナイフを隠し持っていようが愛せます!』



 だから付き合って下さい!

 暫しの沈黙の後、臨也は少女の手をとった。







―臨也は大袈裟に息を吐いた。



「で、雅ちゃん。今度は何をしようとしてるのかな?」

「麗しい臨也さんを撮っておこうかと思いまして。手退かして下さいよー画面真っ暗です!」

「撮影料とるけど」

「臨也さんのケチんぼ」



 臨也が自分に向けられた携帯のレンズを手で覆い隠したまま笑うと、雅は渋々といった様子で携帯を畳む。
 揺れる色素の薄い癖毛を視界にいれながら、臨也は目を細めた。

 彼が、雅を側に置いた理由―。

 その言動や容姿からは想像出来ないほど、彼女は情報集めや洞察眼に優れていた。
 それこそ、臨也に引けをとらないほどに。
 今はまだ頭角を現してはいないが、彼女が情報を扱い始めれば優秀な情報屋になるだろう。
 他に渡れば厄介だし、商売敵になる可能性も高い。
 だったら取り込んでしまった方が安全だし、役に立つ。

 そんな考えからだったのだが―。



「臨也さん臨也さん、ほっぺにちゅーもダメですか?」

「壱万円で手を打つよ」

「高いです!」



 最早これが日常会話になってしまった。

 別に嫌な訳ではない。
 雅はとびきりの美少女とまではいかないものの一つ一つのパーツは整っているし、可愛らしい雰囲気の持ち主だ。
 ここまで堂々とアピールされて嫌な気はしないし、理由はなんであれ好意を持って貰っていた方が都合がいい。

 しかしそれでも、彼女の要求を叶えてやる気にはならなかった。
 理由は何となく理解しているものの、それを認める事を脳が拒否する。
 
 無意識に微かに眉を寄せた臨也に何を思ったのか、不意に雅が踵を返した。



「おや珍しい。お出掛けかい?」

「昨日テレビで一目惚れした人に会ってきます」

「…、へえ。俺から乗り換えるんだ?」

「乗り換えるなんて人聞きの悪い。私は自分の本能に正直なだけですよー」



 にこにこ笑う雅に嘲笑混じりの笑みを向けて、臨也はデスク上で手を組む。



「まあそうだろうね。で、相手は誰なのかな?」

「臨也さんのよーく知ってる人ですよ」



 天使のような微笑みに対し、今度こそ臨也の眉間にはあからさまに皺が寄った。
 よく知っている人物。
 そう称されて一番に頭をよぎった姿に、憎らしげに唇を歪める。



「まさかとは思うけど…シズちゃん、とか?」

「正解です」



 軽やかに返ってきた答えに、自分の中で何かが変わった気がした。
 ガラガラと何かが崩れて、溶けて、解けて、形成される。



「昨日テレビで池袋が映ってて…―」



 喋り続ける雅の声などもう耳には入っていなかった。

 ギシ。
 音を立てて椅子から立ち上がると、雅の元へと歩みを進める。



「背高いし金髪似合うし、…?あれ、臨也さん?」



 仕事いいんですか?

 近付いてきた臨也に不思議そうに問掛けるが、返事は返ってこなかった。
 変わりに、雅が手を掛けているドアノブの横にある鍵がガチャリと音を立てる。



「え、鍵かけたら出れないじゃないですか!」

「うん、出なくていいよ」

「む…。あ、もしかして今なら抱きつかせてくれますか?」



 懲りもなく顔を覗き込んでくる雅に、臨也の唇の両端がゆっくりとつり上がった。
 鍵をかけた手をドアについて雅を閉じ込めるようにすると、もう片方の手で彼女の顎を持ち上げる。



「君に俺をどうこうする権利はないよ、雅ちゃん」



 胡散臭い笑みを浮かべる臨也にいつもと違う違和感を感じとったのか、長い睫毛が何度か上下した。
 雅が口を開く前に、少し屈んだ臨也が彼女の耳元で囁く。



「仕事終わって暇だから、暇つぶしに付き合ってあげる」



 その声が脳に届いた時には二人の間に距離はなかった。







退屈しのぎにキスをしよう


(離しはしないさ。こんな退屈しのぎは他にないからね)
(実は性格も好みだった、なんて言ったら私も狂人の仲間入りかな)


右ヨシ左ヨシ、正面あうと。






(お題配布元:mikke様)





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