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イケメンは嫌いなんです。





「…」

「いい加減機嫌直しなよ、雅ちゃん」



 ずこ。

 グラスの中のオレンジジュースが底をつくと、雅はそのままストローを甘噛みした。
 折角のお気に入りのカフェも、こんな気分では台無しだ。
 目の前の胡散臭い笑顔をジトリと見返すが、相手の態度は変わらない。



「………何の嫌がらせですか臨也さん」

「やだなあ、俺は久しぶりに君に会いたくなっただけだってば」

「っ昨日会ったばっかでしょうが!!!」



−ダァンッ

 雅の両手がテーブルに叩きつけられると、彼女達に集まっていた視線が更に数を増やした。
 それに気付き微かに頬を染める雅を微笑ましそうに見つめた臨也は、テーブル上で腕を組み直して軽く首を傾げる。



「はは、そうだっけ。まあどっちでもいいや」

「…はあ」



 いつも通りの彼のペースにがっくりと肩を落とすと、女性店員が持ってきたチーズケーキをつついた。
 人が平和に目立たず過ごしているというのに、この男ときたら、尽くそれをぶち壊すのだ。
 こんな人目を惹く容姿で隣に居座られてはたまったものではない。



「何というか…とにかく校門で待ち伏せするのは止めて下さい。目立ちます



 数時間前の、校門前に集まる熱視線と、その対象から声を掛けられる自分への敵対的な視線を思い出し、うんざりと眉を顰めた。

 明日はきっと臨也を目撃した女生徒から質問責めになるに違いない。
 やはり世の中、顔なのだ。
 いいや、寧ろ彼女達は何も知らない方が幸せだろう。
 記憶含め、現在進行系で臨也に向けられる薔薇色な光線に、思わず遠くを見つめる。

 そんな雅の心境を知ってか知らずか、見惚れるような笑みを造った臨也はスルリと携帯を取り出して弄り始めた。



「普通に会いに行ったって逃げられるのは目に見えてるからさ。待ち伏せが嫌だったら寧ろ雅ちゃんから訪ねてきてよ」

「そんな自ら危険に足突っ込むような真似、私がするとでも?」

「心外だなあ。俺は君を危険にさらす気はこれっぽっちもないのに」

「いえ、臨也さん自身が危険の塊ですから」



 きっぱりと言い捨てる彼女にやれやれと肩を竦めると、片手で携帯を閉じる。
 大方、趣味か新しい依頼の内容チェックだろう。

 その爽やかな好青年の仮面を被ったままの臨也に、そっと息を吐いた。
 自分もここまで関わらなければ、きっと彼の見た目に騙される一員だったに違いない。

 むぅっと口を結んで、疑いの眼差しで片目を細める。



「…何考えてます?」

「“どうしたら雅ちゃんが俺と同じ気持ちになってくれるかな”」

「その目立つ容姿何とかしてくれたら考えます」

「それって誉めてる?」

「まさか」



 一口サイズに切り分けたチーズケーキを口に放り込みながら、さり気なく窓の外を見た雅は微かに顔をしかめた。

 見覚えのあるポニーテールに内心唸る。
 隣にいるのは彼氏のようだが、確か今日は“妹の試合の応援”という理由で約束をドタキャンされた覚えがあった。
 あれはどう見てもショッピング真っ最中だ。

 …別に正直に言ったって怒らないのに。

 少々冷めた眼差しを女友達に送るが、反面、またかという慣れに似た感情も渦巻く。

 一種の決まり事なのだ。
 彼−折原臨也と時間を共にしている時は、決まって雅の周りの人間の人間関係が浮き彫りになる。
 勿論それが偶然だと思っているわけもなく、どんな手品を使っているのかは不明なものの、現在も素知らぬ顔で涼しげに笑む彼が関係していることは承知していた。

 近い人間の本質を前に、自分がどんな反応をするのか。
 それに興味を示して絡んできていることも、分かっている。
 初めこそ素直にリアクションをとっていたが、最近は感情を抑えるのにも慣れてきた。

 何食わぬ顔で視線をチーズケーキに戻し、再度その塊を切り分ける作業に戻る。

 前からクツリ、と愉しげな振動が伝わった。



「まあ、こんな上っ面の一枚くらい差し出してもいいんだけどさ」

「…正気ですか。臨也さんから顔とったら何も残んないですよ?」

「相変わらずザックリ言うなあ」



 こう見えて結構繊細なのに。

 まるで説得力のない表情でそう吐くと、臨也は音もたてずに席から立ち上がる。



「あれ、もう行くんですか?」

「ちょっと仕事でね。今日の目的は達成したし…、君が引き止めてくれるならサボるんだけど」

「さっさと行っちゃって下さい」

「おや、残念」



 相変わらずの淡々としたリズムを聞き流しながら、雅は視線も合わせずフォークを運んだ。

 今日もやはり奢ってくれるらしい。
 いつも通り、会計分のお金がテーブルの隅に置かれるのを視界にいれながら、その黒が見えなくなるのを待つ。
 しかしどういうことか、いつまでたっても彼がそこから動く気配はなかった。

 痺れを切らした雅が怪訝そうに視線をあげると、自分の席の横で立ち止まる臨也と目が合う。



「?まだ何か…、−」







 疑問は出し切れなかった。

 ふと視界に影が落ちたかと思うと、唇の端を温度が伝う。
 遠くに聞こえる女性達の悲鳴。
 何が起こったのか、瞬時に理解するのは不可能に近かった。
 顎にかけられていた指が離れ、臨也が屈んでいた体勢をある程度立て直したところで、やっと脳が活動し始める。

 途端に、頭に強くちらつく赤。

 先程の温度の正体が臨也の舌であることに気付くのに、そう時間は掛からなかった。
 一気に顔に熱が集中する。

 自分の口の端に付いていたケーキの欠片を攫った真っ赤な舌先が、彼の唇の内側に戻るのを見たその瞬間に、身体は動いた。



「っ〜…ッ!」

「おっと」



 反射的に振り上げられた利き手を容易く掴んだ臨也は、可笑しそうに嬉しそうに、唇を歪める。
 フォークを握ったままの雅の右手は、真っ直ぐ彼の顔面を狙っていた。
 頬に当たる寸前で光る金属に、顔色も変えずにスルリと彼女の手を解放する。



「平手くらいは覚悟してたけど、これは予想外かな。思ったより感情的になるタイプ?」



 分析するかのような口振りに、これも彼の暇潰しの一つなのかと強く拳を握った。
 最近の薄いリアクションに飽きて強行突破にでたのか、はたまた違う理由からか。
 どちらにしろ、人目を気にする雅にとっては驚異にしかならなかった。

 離された手を庇うように握り締めながら、頬の熱もそのままに一心に睨み付ける。



「〜ッ、さっさと出てけっ!今度顔見せたらぶん殴りますから…!」

「あはは、じゃあまた明日」

話聞いてました!?



 あまりの反省のなさに一発見舞ってやろうかと皿に手をかけるものの、必死に思いとどまった。
 流石に店の物を壊すのはまずい。
 しかし怒りと羞恥心が治まらないのも事実で、溜まらず視線を僅かに落とす。

 それを、臨也は見逃さなかった。



−ぐいっ



 いきなり引き寄せられた身体に、呼吸が止まる。



「っわ…!?ちょ、」

「この際だから言っとくけどさ、」



 耳を掠める吐息に思わず肩をすくめた。
 そんな雅の頬を空いている方の指先で軽く撫でると、彼女に見えない角度で艶やかに笑む。
 ボソリと何かを呟いたのち、それに反応しきれない雅から身を離した臨也は、満足そうに背を向けた。

 一人取り残された雅は何事もなかったかのようにテーブルに向き直り、残りのケーキ消化に取り掛かる。


−冷静なはずがなかった。


 いつもなら何よりも気になる女の子達の視線も、今は脳の端にも掛からない。
 ただひたすらに頭を占めるのは、聞いたこともない甘い声。




−俺は君が思ってるよりは本気だよ。




「…、」



 がちゃんっ。

 フォークを空になった皿に勢いよく叩きつけると、その勢いのままテーブルに顔を伏せる。
 痺れるように鼓膜を揺らした音が、こびりついて離れない。
 最低でもあと三日はこれに付き纏われるだろう。



「〜…これだから…!」



 脳裏をよぎる憎たらしい微笑みを打ち消すように、熱に支配される耳を覆った。







イケメンは嫌いなんです


(確信してやってることが明白すぎて、余計苛立たしいんですってば)
(君のその葛藤する姿を見るのが楽しい、なんて言ったらまた怒られるかな)


髪くしゃり。





(お題提供元:mikke様)





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