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なりふり構って君を確保。



―ダァン!

 床を思い切り蹴り上げた雅は、裕に階段四段分を飛ばして地面に降り立った。
 鋭い瞳で遠ざかる黒い背中を捕えると、飛び降りた勢いのまま方向転換して漆黒の髪を翻す。



「折原ぁああああ!」



 その大人しそうな容姿に反した俊敏な動きで廊下を駆け抜け、グングンと距離を詰めた。
 追いかけられている当の本人は大して動じもせず、楽しそうな視線を雅に向ける。



「相変わらず凄い運動神経だねえ雅ちゃん。それで美術部だなんて、校内中の運動部が泣くよ?」

「そんなこと今はどうでもいいでしょ!?さっさと出すもん出しなさいよっ」

「はは、どっかのチンピラみたいな台詞だなあ」

っどーでもいいわぁあああぁ!」



 どこまでも爽やかな笑顔に対し、額に血管を浮かべ全力で突っ込みながらポケットに手を忍ばせた。
 それを確認するなり臨也は唇の端を吊り上げ、ひょいと軽く上半身を左に寄せる。
 次の瞬間、何かが空気を裂いた。

−カッカッ。

 臨也の頭があった位置を通過し、軽い音を立てて壁に激突した空の絵の具チューブは、乾いた音をたてて床に転がる。
 こんな物が当たったところで大したダメージにならないことは誰の目から見ても明らかだ。

 勿論、それを投げた彼女の狙いは他にあった。
 避けられることは分かっていたものの、妙な悔しさから投げやりに追加のチューブを放ちながら、雅は口を開く。



「平和島ーっ!今っ」



 彼女から張りあがった声に呼応するように、臨也の行く先一歩手前の物陰でゆらりと何かが立ち上がった。
 正体を確認するまでもない。

 同時に宙に浮いた掃除用具入れを見るなり、臨也は最後のチューブを避けながら疎ましそうに片眉を歪めて笑った。



「やっぱり今日も組んでたか」

いーざーやぁあぁあああ!」



−ドカァアアァアッ



 土煙が視界を覆う。
 飛んできた塊を難なくかわし、ちらつく金髪に目を細めた臨也は、そのまま静雄の前で軽く屈んだ。

−ヒュ。

 臨也の右腕が空気を切るなり、鋭い音が不確かに鼓膜を振動させる。
 咄嗟に身を引いた静雄の髪が数本、パラパラと床に舞った。
 それに目を見張った雅が慌てて近付けば、案の定、臨也の手にはナイフが握られていた。

 一体いつ出したのか。
 蛍光灯の光を反射するそれに顔を蒼白にした雅は、思わず静雄の前に飛び出した。



「おっと」

「っおっとじゃないでしょーが!何普通に刃物出してんの!?」

「…飴凪、危ねぇからどいてろ」

「平和島も何普通に対応してるわけ!どう見ても危ないでしょ!?」



 静雄に意見できる女子なんて、この学校では彼女くらいだろう。
 まず、ナイフを持った輩の前に堂々と立ち塞がれる人間自体が少ない。

 顔から血の気は引いているものの怖じ気づくことなく自分達の間に存在する雅を面白そうに見つめた臨也は、鮮やかな手捌きでナイフを畳んで踵を返した。



「ああ!?逃げやがった…!」

「平和島、二手に別れるよ!あたしはこっちから追うからっ」

「おう」



 伊達に何ヶ月も追い回しているわけではなく、この手のシチュエーションは慣れたもの。
 その後ろ姿を確認するなり瞬時に判断を下して階段に足を掛けた雅の耳を、同時に反対方向に走り出したはずの静雄の声がすり抜ける。



「飴凪!」



 階段を駆け上がりながら振り向けば、ギリギリのところで足を止めて此方を見上げている静雄と視線がかち合った。



「見つけたらとにかく叫べ。俺が着くまで無茶すんなよ」

「分かってる!そっちも気を付けてっ」



 いくら度胸があるといっても、雅は女だ。
 静雄が心配するのも無理はなく、彼女もそれは承知していた。

 その気遣いに軽くウインクで返すと、頷いた静雄の姿が廊下に消える。



「さて、と」



 雅はスッと瞳を細めて上の階に到着すると、迷わず屋上へ向かう方向へと走り出した。

 臨也も挟み撃ちになることくらい読んでいるだろう。
 だとすれば、わざわざ静雄と鉢合わせるなんて面倒事は冒さないはず。
 彼に残されたルートは自分方面か、更に上の屋上のみだ。

 消去法で選択肢を絞りながら過ぎ行く景色を流すが、ふと、視界の端に黒が紛れ込む。



「!?」



 全速力で走る身体が急に止まれるはずもなく、そのまま義務のように流れ進む足。
 気付いた時には、遅かった。


−ぐいっ


 一瞬で口元を覆う手に、腹部へと回される腕。
 顔をそちらに向ける時間すら与えられず、背後から引っ張り込まれる。



「っ…」



 明るい廊下から一変、真っ暗な室内に連れ込まれ、ゆっくりと光を閉ざす扉が遠ざかるのを認識しながら唇を噛んだ。


−しまった、待ち伏せされた…!


 見落としていた可能性にぐっと歯を噛み締める。
 別れる前に静雄に言われた言葉が頭を占めた時には、既に大声を出すという行為は防がれていた。



「−やあ雅ちゃん、さっきぶり」

「っ折原…ッ!」



 口元から離れた温度に代わって首筋にびたりと寄り添う硬い冷たさに、息を吸い損ねた喉がヒュッと音を立てる。
 背後に密着する彼の表情は見えなくとも、この動作が何を求めているかなど頭を使うまでもない。

 息を呑んで数十秒もしない内に、廊下をリズムよく踏み鳴らす音が急接近した。
 音の間隔から足の長い人物であることが予想できるが、そんな要素を考えるまでもなく、それが誰であるかは明白だった。

 犬猿の仲である彼らの喧嘩が一般的なレベルでないことは、この学校の人間なら誰もが知るところだ。
 二人の紛争に巻き込まれる可能性のあるこの時間、校内に残っている者などいない。
 教師でさえ別の棟に非難している。



『いーざーやぁあああ!!出てきやがれっっっっ』



 怒りを凝縮したような低い声が壁を伝って空気を震わせた。
 珍しく少々焦りの色が滲み出ているのは、自分との鉢合わせが中々ないために心配してくれているのかもしれない。


 ごめん、既に敵の手中です。


 静雄に心の中で謝罪を述べながら、じとりと迫る恐怖心と闘った。
 雅も人間だ。
 ナイフを突きつけられれば恐いし、身体も強張る。

 臨也が己に害をなす者以外に刃を向ける人間でないことは何となく理解しているが、やはり生物の性なのか。
 本能が警報を鳴らし、冷や汗が頬を伝った。

 気が付けば辺りはシンとしており、静雄が去ったことを認識する。
 連れ込まれたのは物置に使われている倉庫らしく、埃っぽいジメジメした空気が鼻についた。

 そんな微妙な空間を、不意に晴れやかな声が反響する。



「うん、やっぱり君も人間だねぇ」

「…何当たり前なこと言ってんの。早く退けてよ、危ないでしょ」



 校則違反なんてレベルじゃないよコレ。

 暴れる心臓を抑えつけながら首に当たる金属を示せば、意外にすんなり受け入れられた。
 しかし、がっちり回された腹部から腰にかけての腕は外してくれる素振りはない。
 状況が状況だけに下手な動きはできず、居心地悪そうに身じろぎはするものの、暫く様子を伺おうと固く口を結んだ。

 そんな雅の心境はお見通しらしい。
 少しでも離れようと気持ち離れる身体を更に引き寄せると、反射的に動いた雅の片手を容易く掴む。



「いい加減気付いてくれてもいいと思うんだけどなあ」

「…内容が読めないんだけど、何の話?」

「ああ、こういう方面に疎い子ってのはいるもんだよね」

なんかムカつくんだけど



 わざとらしく溜め息をつく臨也に軽く青筋を立てた雅は、今度は足で抵抗しようと足部を浮かせた。
 すぐ後ろに控える彼の足に向けて振り下ろすものの、余裕を持ってかわされる。
 普通に地面に叩きつけた足底に小さく舌打ちすると、雅の片手を掴んでいた側の腕が首前をよぎって肩へと回された。

 本格的に抱きすくめられる形に、流石に動揺が流出する。



「わ!?ちょっと…っ」

「まあ君がそういう人間であることを理解した上での行動だからね。自分で気付いてほしいからヒントをあげるよ」

「…」



 ひたすら募るやり切れない感にうんざりと眉を寄せた。
 拳に力を集中させるものの、耳の後ろにかかる気配に惑わされ、うまく身体が動かない。
 やはり時が解決するのを待つしかないらしい。

 苛立ちも露わに大人しくなった雅に、臨也は満足そうに笑った。



「その1。俺は優等生ではありません」

「…は?」

「その2。しかし君以外に出すべき提出物は欠かさず出しています」

「……はあ…」



 つらつらと並び立てられる台詞に、言葉が見つからない。
 まず、話の展開が読めない。

 首を傾げるだけで、間抜けな返事を返すことしか出来なかった。
 しかし脳内で吟味している内に、それがやたら腹立たしい内容であることに気が付く。

 何だつまりはあれか、嫌がらせか。

 新たに蓄積された怒りをどう発散すべきか考え、頭突きでもかましてやろうかと思い当たったが、彼の方が早かった。


−最後。


 距離といっていいものがない位置で、それは鼓膜を刺激する。



「…−君に追いかけられるのは大歓迎なんだけどさ、シズちゃんは余計なんだよね」



 いきなりグッと落ちたトーンに、ぞくりと身震いした。
 いつものより低い声は、数秒後にやっとその意味を孕んで脳に届けられる。



「……、え?」



 微妙な言い回しに、どういう意味合いでとるべきなのか決めあぐねていると、それが見事に伝わったらしい。
 聞き慣れたトーンで愉しげな振動を創り出した臨也は、軽やかな動きでスルリと雅からその身を離した。



「あとは自分で考えなよ、解釈は自由だ」



 雅の返事も待たずに扉に手をかけると、躊躇なく開く。
 差し込んだ廊下の光が、その表情を露わにさせた。



「答え合わせはいつでも受け付けるよ」



 最愛の恋人に向けるような甘さで吐き出された言葉には、クツリと不敵な笑みが添えられる。
 カサリとなったポケットの中には、いつの間に入れられたのか、番号の記された紙。



「…絶対、かけないからね」



 力の入らない拳を、固く握った。







なりふり構って君を確保


(シズちゃんと絡ませることになるくらいなら、初めから本気でアタックするべきだったかな)
(どこまで信じていいの?)


つまづく、足先。









(お題提供元:mikke様)





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