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ハロー誤解グッバイ常識、楽しい恋の鐘が鳴る



 静雄は固まっていた。
 路地裏前の人通りで、一人足を止めてつっ立っている。
 原因は、目の前に倒れている少女だった。

 これがうつ伏せに倒れてピクリともしない状態であれば、迷わず救出すべく動いただろう。
 しかし、彼女はそうではなかった。
 確かにうつ伏せにはなっている。

 が、残念ながら問題はそこから先だった。
 その小さい顔は目の前の静雄に向かってしっかり挙げられ、大きくも眠そうな漆黒の瞳がじっと彼を見つめている。



「…」

「…」



 約三分に渡る睨めっこの末、折れたのは静雄の方だった。
 ずっと見下しているのも居心地が悪いと、少女に合わせてしゃがみ込む。



「…一応聞くけどよ、何してんだ?」

「実験です」

「実験?」



 意外にもあっさり返ってきた返事に多少驚きつつも、内容の方が気になった。
 繰り返すように呟いた静雄に応えるように頷くと、少女はその薄い唇を開く。



「倒れた人物を見て池袋の人々はどう動くのか。開始してから一時間と二十三分、四十七秒現在。無視して通り過ぎる百二十四人、気にしながらも声を掛けず通り過ぎる三十五人、一度立ち止まって暫く迷うが結局通り過ぎる十四人、約三分前より何故か避けるように大回りして通り過ぎる四十一人、三分と二秒見つめた後声を掛ける一人。…貴方は新しいですね、変わってるって言われません?」

「いや、なんつーか…お前が色々凄ぇわ。お前こそ変わってるって言われねえ?」



 微かにコメカミをひくつかせながら言われた言葉。
 瞬き三回分の空白の後、少女はコテンと頭を前に倒した。



「同居人に毎日のように言われます」

「あー、そうだろうな」

「私から見れば同居人の方が何倍も変なんですが」

「…そいつぁかなりの変人だろうよ」



 道端に倒れて人の反応を観察集計する少女に変人だと評されるなんて、どんな人間だろうか。
 想像するのも嫌になり、静雄は軽く頭を振った。

 というか、この体勢で一時間とちょっと。
 今までそこらの妙な連中に絡まれなかったのが奇跡だ。



「まあ、ほどほどにしとけよ」



 警告の声掛けだけ済ますと、多少気に掛けながらも立ち去ろうと腰を上げた。

―否、上げようとした。

 しかし、それはとっさに伸ばされた白い手によって阻まれる。
 折り畳んだ膝に肘を伸ばしたまま乗っけるようにしていた手がしっかり掴まれているのを確認すると、僅かに眉間に皺が寄った。

 少女を見れば、やはり眠そうな瞳が此方を窺っている。



「…どうした」

「お腹空きました」



―ぐぎゅるるる



「……、そうか」



 言葉を裏付けるように響き渡った腹へりの主張に、静雄はただ頷くしかなかった。






 静雄の行き着けのモスバーガー店に、二人はいた。
 
 既に食べ終えた静雄は頬杖をついて、雅と名乗った少女を眺める。

 カプ。
 はむはむ。
 
 ハンバーガーにかぶりついてはひたすら口を動かす姿に、自然と穏やかな気分になった。
 その半月型の瞳が自分の方を向いた時点で、その理由に気付く。

―何となく幽に似てんな。

 小さい頃から自分の支えになってきた弟の存在に重ねてみて、一人納得した。
 表情に殆ど変化が現れないところや、顔の造りの雰囲気が似通っている。
 だから必要以上に気に掛けてしまったのかもしれない。
 無意識に口元を弛めると、雅が黒髪を揺らした。



「私の顔に何かついてますか?」



 ハンバーガーから口を離してペタペタと片手で己の顔を触る雅に、見つめすぎたと反射的に視線を外す。



「いや、何でもねえ」

「すいません、奢って頂いて。また返します」

「気にすんな、そんな大したもんでもねえからよ」

「恩にきます」



 淡々とした物言いに苦笑を漏らすが、ふと彼女の視線が自分の飲むシェイクに向けられていることに気付いた。



「欲しいなら買ってくるか?」



 財布を出しかけるが、雅は静かに首を振る。



「いえ、どんなものか気になる程度です。残念ながら私にはチャレンジャー精神というものがありませんので」



 口にあわなかった時のことを言っているのだろう。
 しかしやはり気にはなるらしく、シェイクに焦点が合ったままだ。
 そんな雅に、ふむと考え込んだ静雄は一つの案を提示した。



「それなら味見して気に入ったら買ってくりゃあいい」

「なるほど」



 差し出されたシェイクに躊躇なく口をつけると、雅はひとつ頷く。



「買ってきていいですか?」

「気に入ったみてぇだな」



 快く金を渡す静雄にお礼を言った雅は、速やかに席を立とうとした。
 しかし、彼女の薄手のワンピースのポケットから流れた着メロによって、その動きは止まる。



「?」



 浮き掛けた腰を再び落ち着けると、静雄が気にするなと合図を送ってきたのを確認しつつ、携帯を取り出す。
 液晶画面の名前を見た雅は暫しの沈黙の後、少しの間を空けてボタンを押した。

 耳に当てるなり聞こえてきたのは、いつも通りの爽やかな声。



『酷いなあ雅ちゃん、今の間は何なのさ』

「何処から見てるんですか」

『君達からも充分見える位置だよ』



 その言葉に視線を巡らせると、なるほどあっさり見つかった。
 窓の外、通路をはさんで存在する大きな木にもたれ掛るようにして、顔だけ此方に向けて笑う同居人。
 通り過ぎる女性がちらちら視線を送る程度に整った顔立ちの彼は、雅と目が合うと更に笑みを深くする。
 
 ヒラヒラと振られた手を無視すると、雅は表情も変えずに続けた。



「今日は確か仕事なかったですよね。暇そうにしてましたよね。何でここにいるんですか?」

『ハハ、さっき自分で答え言ったよ雅ちゃん。その通り、暇だったからさ。君が池袋で実験するって言ってたのを思い出して追って来てみたのはいいんだけどさ…、』



 一拍置いて、彼―折原臨也の声のトーンが僅かに変わる。



『なーんでシズちゃんと仲良く並んでるわけ?』

「…?」



 不機嫌さを露にする臨也に、パチパチと雅の睫毛が上下した。
 常に愉しそうな臨也がこうもあからさまに機嫌を悪くするのは珍しい。
 原因は彼の発言から充分推測できる。
 『シズちゃん』とは、臨也と犬猿の仲である平和島静雄の呼び名だ。

 臨也が言うには今自分はそのシズちゃんと仲良く並んでいるらしい。

 はて?

 そこまで考えたところで、雅の顔が斜めに傾いた。
 今現在自分と一緒にいるのは一人しかいないのだ。

 数秒の無言を生み出したのち携帯の通話部分を手で覆うと、クルリと椅子を回して静雄の方に向き直る。
 いきなり自分に標準を合わされたことに軽く驚く静雄をその瞳に映し、雅は抑揚のない声を彼に向けた。



「すいません、まだお名前聞いてませんでした」

「あ?ああ、そういやそうだな。平和島静雄だ」

「…なるほど」



 想像通りの答えに納得すると、もう一度臨也に視線を戻す。



「池袋での実験はもう終わりました。新しい興味対象が出来たんで、暫くはそっちに回ります」

『…その興味対象、まさかシズちゃんだなんて言わないよね?』

「それ以外にないでしょう。あ、実験邪魔したらもう家帰りませんからね。ではそういうことで」



 プチ。

 臨也の返事も待たずに一方的に電話を切った雅は、そんな自分の視線を追って窓の外に目を向けようとしている静雄の服の裾を引っ張った。
 今彼が臨也を見れば、それこそ一大事だ。
 店が危ないどころか実験対象まで失いかねない。

 静雄の意識が自分に向いたのをいいことに、雅は上を指差した。



「平和島さん、あれ何ですかね」

「ん?」



 静雄が素直に天井に顔を向けると、雅は素早く窓のブラインドを降ろす。



「何って…」



 じーっと上を見続けていた静雄はこきゅりと首を傾げたのち、雅に向き直った。



「天井だろ」

「そうですね」

「…意味分かんねぇ」



 何なんだと眉を寄せる姿に、やはり興味深いと雅は胸を踊らせる。

 昔から冷静な弟と一緒にいた賜か。
 表情に変化がないにも関わらずそんな彼女の心境をめざとく感じとった静雄は、意外そうに雅を見返した。



「何か楽しい事でもあったのか?」

「…、はい」



 静雄のその問いかけに軽く目を見開いた雅は軽快な動きで椅子から飛び降りると、そのまま静雄に急接近して彼の両手を握る。
 驚く静雄をよそに、長い黒髪がフワリと揺れた。



「平和島さん」



 はっきりしたソプラノが脳に届くと同時に、周りの音を奪う。



「私と愛の逃避行をしてください」

「…………は?」



 微かに弛んだ口元、その言葉に、沈黙が降りた。







ハロー誤解グッバイ常識、楽しい恋の鐘が鳴る


(…んな顔もできたのかよ)
(データはまだまだ足りません!)


コイ、恋、来い!







[ 4/5 ]


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