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◇
遊園地内に設けられている一室では、何とも言えない空気が満ちていた。
その中の一人である高尾も、雅と引き離されて気が気ではない。 しかし、一般人の自分がひとりではどうしようもないことも自覚しているため、はやる気持ちが行く当てもなく宙吊り状態だ。 そして、そんな彼の隣にはもう一人、気が気でないであろう人物が座っていた。 雅と一緒にウサギに連れ去られた女の子ーみわの母親だ。
若い刑事に連れられてきた彼女のことは、雅や緑間と一緒に出会っていたため見覚えがあったが、あちらも覚えていたらしい。
「…あの時の。すごい偶然ですね。先日は娘がお世話になりました。今回も…巻き込んでしまってごめんなさいね。二人とも無事だといいのだけど」
娘が心配なのだろう。 弱々しい笑みを浮かべる母親に、高尾も不安を押し込んで明るさを心がけた。
「そりゃ大丈夫ッスよ。彼女、ああ見えて超強いんで。娘さんもだいぶ懐いてたみたいだし」
嘘は言っていないはずだ。
二回目に発見したウサギからの襲撃を避けたあの身のこなし。 予想外の展開にも動じず、相手の要求にも迷うことなく応じる度胸。 正直、身体的にも精神的にも、自分より強いのではないかと思う。
そして、雅が口に出した“協力者”’という言葉。 それを聞いたウサギの反応からして、恐らく雅はこちら側なのだろう。 敵側を前にあの発言はうっかりだったのか、それともなにか狙いがあったのか。
雅ちゃんだとどっちでもあり得そうなんだよなー。
今までのことを思い返して思わずクツリと喉が鳴るが、余韻もそこそこに口元を引き締める。 あの後すぐに刑事だと名乗った男達は、母親ともども、ここで待機して欲しいとの要望を高尾に伝えた。 雅達の安全を確保するためにも、不用意に連絡をとらないようにとも言われている。 それには承諾するものの、腑に落ちない点もいくつかあった。
まず、こんな状況ではすぐに騒ぎになりそうだが、一向にその気配がない。 応援が駆けつけてくる様子もないし、彼らは「雅のおかげで相手の居場所は分かる」と言っていたはずだ。 場所が場所だけに余計なパニックは防ぎたいのだろうが、人も増やさずにどう動くのか。
母親への励ましの対応に徹しながらも、思考フル回転と情報収集は怠らなかった。 携帯を片手に難しい顔をしている中年の刑事が、若手相手に何やら指示を出している。 声はひそめているが、なんせ同じ部屋にいるため、内容は筒抜けだ。
「ーよし、しっかり機能しているようだな。居場所は割れた」
「じゃあすぐに向かいましょう!」
「いや、“協力者”から連絡が入っているらしい。きたるタイミングで指示を出すから、待機だと」
「…協力者って、あの子だろ。つーかあの子は一体何者だよ。謎すぎるだろ」
オレもそれ超気になるんですけど。
複雑そうな表情で首に手を回す男に心から同意するが、彼女の情報はそう簡単には手に入らないらしい。
「いや、私たちにも情報はあまり来ていなくてな。“探知機を仕込む”という役割があることくらいしか教えられていないんだ」
「ああ、あの方法は見事でしたよね。見ている方は心臓爆発しそうでしたけど」
「すごい度胸だったな」
しんみりと感心している様子の刑事達に対し、高尾は思考を巡らせる。
やはり、雅はイベントのウサギに対してミッションを抱えていた。 そのミッションのために、何かしら視野の広い自分の力が必要だったか、または警戒されないためにカモフラージュとして呼ばれたか。 その仮説が確信に変わりつつある今なら、彼女がやたら携帯を気にしていたのは納得がいく。
ってか、刑事相手に指示権握ってんのかよ。強ぇー。
苦笑をかみしめながらも、胸をなで下ろした。 とりあえず、連絡手段も確保し、待機とまで指示を出しているということは、ひとまずの安全は保証でされているのだろう。 そうなると、ここまで騒ぎにならないのも、周りを巻き込まないように雅がうまく立ち回っている可能性が高い。
感心はするが、謎はどんどん深まるばかりだ。 一旦頭を休ませようと、軽く息を吐いた。 と同時に、隣の空気が動く。
微かな衣擦れの音に合わせて視線をずらすと、母親が携帯を取りだしていた。 画面を開き、少し困ったように眉を下げる。
「…、すいません、主人から電話が」
「ご主人はこの事は?」
「まだ言っていません。多分パニックになるので」
「そうですか。どうぞ出てください」
「少し席を外してもいいですか?遊園地にきていることは知っているので、バックが静かだと主人が不審に思うかもしれません」
「確かに。では外でどうぞ」
「ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をして部屋から出る後ろ姿を見守るが、ふと首を傾げる。
娘の緊急事態に、夫にその旨を伝えないなんてことがあるだろうか。 確かに普通の神経ならパニックにはなるだろうが、それでも状況説明だけはしておかないと、万が一のこともある。
赤い携帯から揺れる花柄のストラップをなんなしに眺めながら、双眼を細めた。
◇
雅は、首を捻っていた。
あれから自分もトイレに行きたくなり、丁度出てきたみわと交代した。 用を足して出るなり満面笑顔のみわに手を引かれて建物を後にしたが、少々意図が分からない。 ちょこちょこ前を行くまあるい頭に向かって疑問を投げた。
「みわちゃん?これはどこに行く感じ?」
「うさぎさんがね、おねぇちゃんと、もどっておいでって」
「…もういいのかな。何かもらった?」
「ちょっとまえにすたんぷもらったー」
「うん。よかったねえ」
ぷにぷに絡みつくもみじは、変わらず悩殺的である。 雅が気にしていたのは彼女へのお土産の行方なのだが、考えてみれば、着ぐるみの状態で渡しても何にもならない。 本来の姿で、パパとして手渡さなければ意味が無いのだ。 一旦離れるのは賢い選択かもしれない。
そしてみわの返答からして、彼女もイベントに参加していたのだろう。 こんなに小さい子が遊園地でひとりで遊んでいるわけもなく、一般的な結論を出した。
「みわちゃんはお母さんと一緒に来たの?」
「うん。ママといっしょ!」
「じゃあ今ごろ心配してるね」
「だいじょうぶ。いつもこれでれんらくするの」
「うん?」
にこにこと掲げられたのは、首にかけていたらしい花型のペンダントだった。 この年頃の子にはやや大きく感じる。
ああ、魔法少女系のオモチャかな。
自分にも覚えのある懐かしい感覚に微笑ましい気持ちになりながら、うんうんと頷いた。
とりあえず、母親が心配しているのは確実だろう。 あれから小一時間はたっており、恐らく迷子の届け出をしているであろう母親にも話は伝わっている可能性が高い。 おじさんの協力者である男達がどこまで立ち回れるかは不明だが、改めて客観的に考えてみればこれは大事件である。 はぐれた娘が着ぐるみのウサギに抱っこされて消えてしまったと聞けば、大抵の親は取り乱すに違いない。
ただし、みわの母親と言うことは、おじさんの妻にあたるわけだ。 彼女が彼の仕事を把握しているかにも左右される。 公認であれば、みわを連れて行ったのが夫であると推測できるかもしれないが、彼が妻にも内緒でアルバイトをしていたのであれば厄介である。
ここはやはり、男達のフォローの手腕にかけるしかないだろう。 しかし、この前も迷子だったことといい、みわの母親は中々に苦労していそうだ。 早く会わせて安心させてあげたい。
それに、心配をかけているという点では、自分も人のことは言えなかった。 ミッションに都合がよかったとは言え、人助けだとは言え、明らかな説明不足で高尾に不安を与えたことに変わりはないのだ。 さて彼には謝罪と共に何と説明するべきか。 おじさんのことは本人の意思も汲んでなるべく伏せておきたい。
悩みながら、ふと気付いて鞄を漁った。 そういえば、メールの確認をしていない。 思い立つなり、みわと繋ぐ手はそのままに、片手で慎重に操作する。
捉えた文字は、予想通りだった。 経過報告(条件一部達成)のタイトルはちら見に済ませて、素早く本文を開く。
『14:23 鬼から10分間隠れました(条件1達成)』
条件1とくるあたり、やはり読み通り、見つけてもらうまでがクリアの条件らしい。 しかし、何かが腑におちない。 第六感なのか、今までの経験からか、妙な引っかかりを感じた。
「…何だろ?何かを見落として…、」
無意識的に難しい顔をしていたのか、柔らかな手がちょいちょいと指先を引いた。
「おねぇちゃんは、おにぃちゃんといっしょ?」
「え?あ、うん、そうだよ」
「おにぃちゃんもさみしがってるね」
「早く戻らなきゃね」
忘れていたが、みわはかなり聡い女の子だ。 気を遣わせてしまったかと軽く反省しながら、はたりと気付く。
そういえば、みんなはどこにいるのだろう。 まさかあのまま同じ場所にはいないだろうし、みわの誘導で進んではいるが彼女が場所を把握しているとは考えにくい。 園内は広く、ただ歩いているだけでは目的の人物と出会える可能性は限りなく低い。
高尾にかかれば話は別だが、別れた時、彼はおじさんの協力者達といたはずだ。 そのまま一緒に行動をしているのであれば、見つけてもらうのは中々に難しいかもしれない。 流れ的には、みわの母親も一緒にいてもおかしくはない。 あの状況では、誰しもがまず女の子の親を探すことを考えるだろう。
何はともあれ、その集団を探すのが今は一番手っ取り早い気がする。 考えをまとめ上げているうちに、また何かが回路に紛れ込む。
そして、違和感の正体に思い当たった。
「…って、ちょっと待った!」
「うん?とまるのー?」
「あ!ごめん、違うの。そのまま進んでいいよ」
即座に笑顔を貼り付けて手を握り返すが、内心は冷や汗が止まらなかった。 雅が気付いてしまった、ある可能性。 このミッションの、最大の面倒なシステムだ。
ー雅が高尾と別れた時、つまり“かくれんぼ開始時“には、その他にも居合わせた人物が複数いた。 自分が隠れる役ならば、高尾と同時にその姿を最後に見た者は総て鬼となるのではないか。
その原理でいくならば、経過報告のメール文が“対象者“ではなく“鬼“と表現していることも、見つけてもらうまでがクリア条件というルール解釈も納得がいく。 複数人が対象者となりうる場合に、隠れただけではその時点で百点のクリアの判定が出せないのだ。 見つけた者が鬼であると判断するならば、確かにジャッジ側も楽だろう。
なんということでしょう。
つまり、高尾以外のあの場にいた数人に、先に姿を見られた時点でミッション失敗となるわけだ。 何というクソゲー。
集団で固まっている可能性が高い今、リスクが高すぎた。 みわを母親の元に送り届けたいのは山々だが、第一条件をクリアしてしまっている今、もう一度初めからというわけにもいかないだろう。
高尾以外に見つかる=即赤ランプにご対面だ。 かといって、ずっと隠れているわけにもいかない。 そして、みわを一人で歩かせるなんていう選択肢も有り得ない。
「っどうすれば…、」
ぐるぐる回る上にまとまらない思考。
ポタリ。 顎から伝った汗が地面に爆ぜ、それを他人事のように見送っていたその時、
ぽん、ぽん。
「!?」
肩への刺激に、心臓が跳ねた。
(待て待て待って、どうかこの際まったく初対面の通りすがりさんであって)
対象者:高尾和成 現状:ミッション2進行中(条件1達成確認済) ミッション数:10 成功:9 失敗:1
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