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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


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 がちゃり。

 ウサギが開けたドアの先、こじんまりとした空間に秘密基地のような特別感を感じて、雅は歓声の声をあげた。



「わあ、ちょっとドキドキする」

「どきどきー」

「…、」



 あれから堂々と遊園地内を移動してきたが、雅は普通に歩いているし、何よりみわも大人しくウサギに抱かれていたため、怪しまれることもなく通過した。
 時々イベント参加者や子ども達に囲まれることはあったが、雅が気を利かせて「ごめんね、休憩中なの」「きゅうけいちゅうー」と断りを入れていたため、それも問題なし。
 しまいには出入り口付近の担当にも「娘なんですが、ちょっと休憩に出たいんです。熱中症対策で」なんてでっち上げて、見事に突破した。

 こちらの世界で無理難題を押し付けられ続けた結果、妙に肝が据わってしまったらしい。

 悪知恵まで身につけて、ごめんねお父さんお母さん。
 でもこれに限っては人助けだからね。

 きらりと涙を輝かせながら、ウサギとみわのために、設備内にあったお茶を入れてみる。
 三人が来たのは、遊園地の敷地内ーただし、遊園地本体からは外れた、管理人室のような建物内だった。



「みわちゃん、熱いから気をつけてね」

「ありがとー」

「はい、どうぞ」

「…、」



 彼は、雅が傍についてからも一度も声を発さない。
 みわがいるからだろうか。
 しかし、自分を指定するときに一度みわとやり取りをしたはず。


…もしかして、ちょっと裏声を使うとかしてごまかしたのかな?
 ちょっと聞いてみたいな。



「飲まないんですか?」



 少し期待しながら聞いてみるが、ウサギは雅を見つめたまま見じろぎもしなかった。
 やはり、娘には正体を隠し通したいらしい。
 考えてみれば、この年頃の子はこういう着ぐるみを本物だと思っているのだ。
 中に大人が入っているなんて、夢を壊しかねない。

 そういえば、自分も昔好きなマスコットキャラクターの中から人が出てくるのを目撃して絶望したことがあった。

 あの頃はまだ青かったから、一週間くらい引きずったっけ。

 懐かしい思い出に浸っていると、鞄のポケットから聞き慣れた音がした。


 ぷおー。



「!あ、」

「!?」



 確実にクリアできると安心しきって忘れていたミッションだったが、この感じはまず第一条件を達成したのだろう。
 体感でも十分という時間はズレはない。
 あとは高尾と再会できれば、ミッションクリアのはずだ。

 一応確認しようと鞄に手をかけるが、それは叶わなかった。
 もふもふの手が、がっちりと雅の手を押さえつけたからだ。



「えっと…」

「…、」



 腕をたどると、身を乗り出したウサギがこちらを凝視していた。
 つぶらな瞳の奥には細かい穴があり、そこを通して、中の人物の両目が光っているような気さえする。

 携帯に反応したとしたら、外と連絡をとるのも嫌なのだろうか。
 確かに下手に人が来たら、うっかり何を話されるかも分からない。
 みわはまだ小さいが、なんせプリクラなんて最新発明を知っているおませさんだ。
 理解力はあるし、少し接しているだけでも賢いことは分かった。

 苦笑をこぼしながら頷くが、ふとウサギの体調が心配になる。
 道を通るための言い訳には使ったが、冗談抜きで熱中症はあり得る話だ。
 地球温暖化が進んだ今、夏を重ねる度に暑さが異常となっている。

 以前着ぐるみで人が倒れたというニュースを見かけたことも思い出し、みわがお茶に夢中なのを確認してから、小声でウサギに語りかけた。



「大丈夫です、私からは何もしないので安心してください。それより、さすがに暑いですよね。みわちゃんを連れて五分だけ流し側に移動するので、よかったら身体の方だけでも脱いでください。ここに戻ってくる前にちゃんと合図します」

「…、」



 何か考えているのか、また動きを止めてしまったが、手が離されたことから肯定だろうと解釈する。
 やはり暑さは限界なのだろう。

 それでも頑固として娘の夢を守ろうとする父親像に感動しながら、みわの手を引いて、少し奥に入った流しへ移動した。







 男は戸惑っていた。

 着ぐるみの中から、楽しそうにキッチン側へ消えていく女の子たちを見つめる。
 奥とは言っても簾で仕切ってあるだけで、いるかいないかは一目瞭然だ。
 扉や人が通れるだけの窓もないことも分かっているため、逃げられる心配もない。

 なにより、暑さが限界だったのは確かだったため、成り行きで連れてきてしまった少女の提案を呑んでしまった。



「…、」



 取引現場で相手を待てば、現れたのは少年少女の二人組。

 いきなり少女に抱き着かれた時も、一応警戒はするも、このときはまだ一般客の可能性が高かった。
 しかし、現状が変わったのは、もうひとり男がでてきてからだ。
 外見や雰囲気はもちろん、片手にしている荷物を確認して、やはりこちらが相手だと認識したのだ。

ー少女が、「協力者」だと口にするまでは。

 おいおい、警察の回し者だと!?

 こんな子ども達を巻き込むなんて警察もいよいよ落ちぶれたな、なんて心の中で激昂しながら、少女を振り払うようにして踵を返した。
 取引なんて言っているが、事実上、もう取引にすらなっていない。
 彼らのリアクションを見ていて悟った。

 協力者の存在を隠そうともしないことや、約束を違えて大人数が堂々と姿を現したことからも、自分たちの圧倒的有利を確信している。
 警察側に送った爆破予告は、恐らくハッタリだと勘づかれているだろう。
 脅しで使った取り壊し予定の無人ビルの爆薬は本物だが、思い出深いこの場所に、爆弾など形だけでも仕掛けられるはずがない。

 何が起きるか分からないこの世の中、間違って爆破させては取り返しが付かない。



ー男は、長年この遊園地内の管理に携わってきた。
 大切な友人から頼まれ長らく遊園地を見守ってきたが、時代は変わり、アトラクションもどんどん進化してきた。
 最近はまたリニューアルしテレビにも取り上げられて、知名度もあがっている。

 遊園地自体は賑わっているが、逆に当初からあった場所は寂れ、残されたミラーハウスは取り壊しも決まった。
 更に、木を切り開いて遊園地に付随する別の施設を作るとかで、売却の話まででてきてしまった。

 思い入れのある土地を残したい一心で爆発事件や必要最低限の金額の請求をしてきたが、やはり素人だ。
 真面目に生きてきた中、こんな大それたことをしたことがあったはずもなく、穴だらけだったのだろう。
 見事に追い詰められ、単に世間様に迷惑をかけただけになってしまった。

 逃走時にいきなり目の前に出てきた幼児を怪我させまいと勢いで抱き上げてしまったが、走り始めて気が付いた。



ーこりゃ、端から見たら人質じゃねぇか…!



 只でさえ動きにくく体力を奪う着ぐるみで、女の子一人抱えて現役相手に逃げ切れるわけがない。
 パニックになった頭ではそのまま走る以外にどうすることもできなかったが、不意に、抱え上げた女の子が腕の中でにっこりと笑った。



「だいじょうぶ、おねぇちゃんよぶー」



 その時は訳も分からず流れを傍観していたが、女の子に指定された少女は、大いに助けになってくれた。
 警察の協力者と決めつけて警戒していたが、客に囲まれたときの対応といい、出入り口を突破する時の知恵といい、感心する他なかった。
 お茶まで入れてくれて、更には体調を心配して休憩する時間までくれる始末だ。

 昔からよく着ぐるみで助っ人をしていたから、そこらの若者よりはまだまだ体力もあるが、さすがに限界がきていた。
 ごそごそと身体の着ぐるみを脱ぎながら、女の子二人の楽しげな声に耳を傾ける。

 少女が一緒で本当によかったと思う。
 自分ひとりでは、女の子の相手もままならず立ち往生していたことだろう。



「…はぁ、涼し…、?ん?」



 腰あたりまで下ろしたあたりで、ふと背中側に違和感を感じた。
 指先に当たる固い何かに、瞬時に頭をよぎる記憶。
 少女が後ろに両腕を回して、抱き着いてきた時の映像が甦り、一気に絶望感に見舞われた。

 あの時、既に何か仕込まれていたのだとしたら。

 彼女が悠長に構えている理由も、先程の「私からは何もしない」宣言も納得がいく。
 彼女はやはり、警察側の人間だったのだ。

 信頼し、感謝の気持ちまで抱いていたために、その反動は大きかった。
 悲しみを通り越して憤りすら感じた。



「っくそ…!」



 今からでも壊したら何とかなるだろうか。
 今更どれだけ逃げたところで意味もないが、せめてもの反抗で少しでも捕まるのを遅らせてやろうと、異物感の原因を引っ張り出す。

 なるほど背中に隠しポケットが付いていたらしい。
 以前助っ人で着たときは肘あたりだったが、こんなバージョンもあったのかと舌打ちした。

 しかし、ポケットから引っこ抜いた手の中のものに、目を瞬かせる。



「…んん?」



 何歩譲っても、よくある探知機などの部類には見えなかった。
 とても馴染みのある…この遊園地のロゴの入った、お土産用包装。
 恐らく小物系によく使われる、それ。

 いやいや、相手は女子高生だし、そんな偽装をしている可能性も。

 念には念にと袋から出してみるが、手のひらに転がったのは、ただのキーホルダーだった。
 ただの、というにはやや個性が強かったが。

 ウサギの形をしているが、少女漫画系のキラキラ瞳に、アヒルのような口。
 しまいに人間のようなリアルな手足がついている。
 正直、気味が悪い。

 うちの遊園地ではいつの間にこんな物を売るようになったんだ。

 ちょっと遠い目で眺めていると、奥から気持ち大きめの声が響いた。



「お菓子があってよかったね。みんなで食べよっか」



 恐らく言っていた合図だろう。
 律儀なことだ。



「…おねぇちゃん、といれ」

「え!えっと多分この中にありそうだよね」

「たぶんそこだから、いってくるー」

「いつの間に!目ざとい!一人で大丈夫?」

「だいじょうぶー。おわったらもどるー」

「すごいね。よし、気をつけてね」

「はーい」



 どうやら奥に付随しているトイレを探し当てたらしい。
 少女が一息先に戻ってくる流れに、慌てて脱ぎかけた着ぐるみを着直すが、手に持った物を隠しポケットに入れる時間はなかった。

 顔を出すなり、手元を見た少女がパッと両目を輝かせる。



「あ、見てくれたんですね。どうですか?」

 いやどうと言われても。ってか見つかること前提で突っ込んだんか。


「気に入ってくれると嬉しいんですが…、」


 私がか!?これは私への贈り物なのか!?


「まだ好みが分からなくて」

 そりゃそうだろう。初対面で好みが熟知されていたらホラーだよ。



 確実にひとつずつ突っ込みをいれていくが、ひと呼吸置いてからの、真っ直ぐな一言には思わず言葉を失った。



「…、おじさんは、“こんなこと”しなくても本当は大丈夫だと思います」

 !この少女、まさか、私のことを知って…!?

「まあ手段はどうあれ、その先に笑顔が待っているなら何でも頑張れますよね」

…そうだ、あの頃は子ども達の笑顔を見るのが楽しみで、そのために懸命に働いていた。

「でも、これからもこういうことをするのなら、やり方を考えないとですね。たぶん、もっと効率的なやり方があるはずです」

 そうだな、こんなやり方をしなくても、もっとまっとうなやり方があったはずだ。

「…まあ、時の流れはありますが。変わらないモノもたくさんありますから」

 …ああ。子ども達の笑顔は何も変わっていなかった。私一人が思い出に縛られて取り残され、勝手に寂しい思いを抱いていただけだ。

「相談ならまたのりますよ。一緒に良い方法、考えましょうね!」



 にっこりと笑って両手を握ってくる少女に、着ぐるみの中で男は静かに涙ぐんだ。

 まさか彼女が全く別の人物に話しかけているつもりだとは、微塵も思わずに。




(みわちゃんは大きくなっても絶対パパっ子ですよ!)




対象者:高尾和成
現状:ミッション2進行中(10分経過し、条件は達成)
ミッション数:10
成功:9
失敗:1

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