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帰宅した旦那の荷物に紛れる真っ赤な包みに気づいた雅は、にやけた口元を隠してから、背後の彼に話し掛けた。
「ね、これチョコ?」
「ん?ああ、バレンタインだからって渡された」
「…そっか、私と言うものがありながら」
少し間を空けて声のトーンを落とせば、予想通り盛大な音が空間を占める。
彼が持っていたリモコンを落としながら、テーブルにぶつかった結果だ。
「!ばっ…会社で貰ったんだよ。女社員が男社員全員に配るとかで」
「ユキのとこ可愛い子多いからなー」
あえて背中を向けたままで、ため息を混ぜ込んだ。
可愛い子が多いのは事実だが、実際のところ全く心配などしていない。
寧ろ緩みまくっているこの顔を隠す方に必死だった。
そんな雅に対し、笠松は明らかな動揺をみせる。
「いや、オレは別に…、…っお、オマエのを楽しみに帰ってきてるに決まってんだろーが!毎年同じ事言わせんな」
「…」
「…オイ、雅?」
「…」
「どうした、」
毎年似たようなことをされているのに、変わらず必死になってくれるところが堪らない。
ひとり悶えていると心配して寄ってきてくれるものだから、余計に拍車がかかるのである。
笠松の両手がぎこちなく肩に触れた瞬間を狙って、思い切り胸元にダイブした。
「!」
一瞬で強張る身体に、してやったりと歯をみせる。
顔を挙げると、予想に違わない真っ赤な顔が見えた。
「今年も百点!」
「っ意味分かんねえよ!つーか近い…!」
「いやあ、テンション上がるわーさすが幸男さん。毎年やる気をありがとう」
「とりあえず離、」
「大好き」
「!!!」
さ迷う両手を握って背伸びするなり軽く唇を掠めると、今度こそ動きが止まる。
そういえば去年はここら辺で彼の記憶が飛んでしまったのだったか。
さて今年はどうだろうか。
思い出し笑いを含みながら再度視線を挙げようとして、
−そこで、時間が止まった。
「っ…、」
握っていた筈の彼の大きな片手はいつの間にか後頭部に回っており、唇に触れた温度に目を見開く。
ひどく長く感じたそれは恐らく一瞬のことで、我に返った時には温かかった唇はいつも通り空気にさらされていた。
「…え?ゆき」
やっと雅が言葉を出しかけた時には、向けられた背中は既に遠い。
盛大な音をたてて閉められたドアの奥で、更に派手な空気の振動を聴いた。
いつもならそれに頬を弛ませてキュンキュンしながら彼が落ち着くのを待つのだが、今日はそうはいかないらしい。
動悸の激しい胸を抑えて、その場にぺたりと座り込む。
火照る頬や首に指先を当てて冷やしながら、潤む両眼で扉を見つめた。
「…やられた」
成長、するもんだなあ。
力強い引き寄せの感覚が残る後頭部をさすって、転げ回りたい衝動と葛藤する。
あんなの、反則だ。
熱の残る唇を引き締めて、彼に渡すチョコを取りに行くべく立ち上がった。
形勢逆転、恋愛逆転ホームラン
(いつまでも同じじゃ格好つかないだろーが)
(その調子で来年も負かしてよね?)
カキーン、崩れた。
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