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 メールの着信に気付いた緑間は、一定のリズムで進んでいた箸を止めた。

 画面の表示により、相手が比較的仲の良い女子であることを察する。
 控えめだが、誰にでも平等なその態度は彼から見ても好感度が高かった。
 いつもなら親しい友人達と昼食をとっているであろう時間帯のメールということで、微かな疑問を抱きながらメールを開く。

 礼儀を重んじる彼女のことだ。
 人といる時に携帯を触るなんて姿は殆ど見たことがなかった為、余程の急用かと気持ち早めに羅列する文字を目で追った。



『いきなりごめんね、今日のラッキーアイテムって何かな』

「…飴凪?」



 その内容に、思考を巡らせる。

 偶然にも同じ星座の彼女は、自分の占い信条は受け入れてくれているが、本人自身は興味を示していなかったはずだ。
 彼女にとっては今すぐ連絡をとらなければならないほどの事項にも感じられない。

 違和感を感じるも、親しい人間と共通点が出来るのは嬉しいものだ。
 緑間にとっても、それは例外ではなかった。



『今日のラッキーアイテムはピンクの軍手なのだよ。もし持っていなければ片方譲るが』



 手際よく指を滑らせると、その旨を送信する。
 勿論、清掃日でもないのに、ましてやピンク色の軍手などを持ち合わせる人間など、滅多にいないだろう。

 箸を再開させようとするが、予想外の速さで、予想を上回る返信がきた。



『欲しいです。できれば今から貰いに行ってもいい?』

「今から…か」



 余程のハプニングがあったのだろうか。

 どちらにしろ、好感を抱いている人物に手を貸さない選択肢などない。
 手早く手持ちの荷物を片付けると、場所の確認を済ませて腰を上げた。

 どうやら彼女は特別棟の裏口にいるらしい。
 何故そんな場所にいるのかは分からないが、幸い此処からそんなに遠くもない。
 その場で待機をするように伝えて、足早に待ち合わせ場所に向かった。

 と、不意に背後から軽やかな足音がリズムを刻む。
 認識した瞬間に、ふわりと淡いブラウンが視界を掠めた。
 ウェーブがかかった柔らかそうな髪を揺らして、小柄な女生徒が緑間の横を駆け抜ける。

 特に気にも留めなかったが、ますます小さくなる背中を眺めながらつられるようにして自分もスピードを速めた。
 しかし、曲がり角を曲がれば目的地が見えるといった地点で、急展開に見舞われる。


 一歩足を踏み出した瞬間に、叫び声が空気を裂いた。



「っ避けてぇええ!」

「!?飴凪、」



 脳が反応した時には、遅かった。
 人より身体能力には長けている緑間だが、人間である以上、予想外な展開には身体がついていかないらしい。

 どんっ。

 助言通りに避けることは叶わず、咄嗟に受け止めた。
 舞い上がる黒髪に時間が止まるような錯覚に陥るが、それらは直ぐに動きを再開する。



「ごめんごめんごめんなさい緑君痛くなかった!?ちょっと今説明してる時間がないから走りながらでいいかな!?」

「おい!?」



 一息で言うや否や、緑間の手を掴み、そのまま彼が来た道を逆走し始めた。

 されるがままに引っ張られる緑間だったが、現役の運動部員だ。
 体勢を立て直し、そのスピードに合わせて走るのに時間はかからなかった。
 しかし、状況に慣れてきた辺りで気付く。

 割に、速い。

 確か彼女は文化部だった筈だが、恐らく女子運動部員に紛れても見劣りしない程度の速さはあるだろう。
 ちょっとした意外性に気をとられつつも、直ぐに核心に迫った。



「…飴凪、状況が呑み込めないのだよ」



 彼を知る者ならば軽く首を傾げる程度の柔らかさで、遠回しに説明を促す。

 手はとられたままであり、少し前を走る彼女の表情は読めない。
 しかし、かなり切羽詰まっているのは充分に感じ取れた。

 まず、普段の彼女であれば、何をするにも事情説明が先にくるはず。
 今も、何かに迷っているのか、その原因に気をとられているのか。
 真っ直ぐ前を向いたままで、返答がない。
 この焦りようは、先程の珍しいメール内容にも関係しているのだろか。

 一体、何がここまで彼女の余裕を奪っている?

 ひとまず、手を繋いだままこんな全力疾走を続けるのは危険だ。
 幸いにも殆どの生徒は校舎内なのか、人気もないが、第三者にみられると注目も必須だろう。



「とりあえず手を…、」



 提案は、最後まで言い切れなかった。

 ふわり。
 記憶に新しいブラウンが、世界に混じる。



「!?」



 たんトンと、何とも軽い音に合わせて、空気に舞う髪。
 結構なスピードを出しているのにも関わらず、いつのまにかぴったりと横に存在している人物がいた。

 雅との待ち合わせの前に見かけたその女生徒が、ゆったりと顔を上げる。
 好みは人それぞれであるが、誰もが標準より上と札をあげるであろう、甘い顔立ち。

 そんな少女が、とろけるような笑みを浮かべた。
 ただし、緑間に、ではない。

 その視線の先は−、



「−っ雅ちゃん…相変わらずのギャップ萌ね!そんな文学少女みたいな儚い雰囲気でこの瞬足…たぎる!

「!?っひ…!」

…………は?



 理解に、大幅に反応が遅れた。

 遅いとは言えないこの速さに息も乱さず着いてきているだけでも異質だが、口を開くと何というかもう救いようがない。
 彼女の喋る内容は分析しかねるも、雅の余裕を奪っていた原因は確定した。

 これに耐えかねて、藁にも縋る想いで連絡してきたのだろう。
 現に女生徒の存在に気付いた彼女の足は、心なしか更に動きを速めている。



「翻るスカートからのびる足に視線が釘付け」

「ちょっと黙ってもらえるかな!?」

「っ雅ちゃんってばそんな大声も出せたの?ギャップ萌追加ね」

「…、」



 ああだめだ。

 そんな雅の心の声が背中から感じられ、何とも言えない気持ちになった。
 先程から聞かれるギャップというものに限定するのであれば、確実にこの女生徒の方が上をいっている気がするが。

 さて、この状況をどうしたらいいものか。
 現在は雅に手を引かれているため、彼女の少し後ろに位置しており、女生徒は自分とほぼ横並びだ。
 女生徒から逃げたいということであれば自分が前に出て引っ張ってもいいのが、事情を把握しきれていないうちはヘタに出しゃばらない方が無難だろう。

 流石に連続しての全力疾走は辛いのか、徐々にスピードも落ちていている。
 多少ぶっ飛んではいるが、所詮は同年齢の女性だ。
 止まったところで何か害があるとも考えにくい。

 雅の身体のことを考えて一旦立ち止まることを提案しかけるが、ものの一瞬、遅かったらしい。



「っ…ぁ!?」

「雅ちゃん!」

「!おい」



 限界だったのか、地面の凹みに足を取られた雅が体勢を崩した。
 巻き込まないようにと意識したのか、次の瞬間には離れる手の温度。
 前のめりになる上半身を目にするなり、片腕を伸ばして肩を掴み、もう片腕で腹部から抱え上げる。

 雅も小柄な部類であるため、高身長である緑間が抱えると宙ぶらりん状態だが、彼女が特に気にする様子はなかった。



「っは、ごめ…ありが、と」

「大丈夫か?」

「ん…な、んとか」



 息も切れ切れに頷く雅を地面に下ろすと同時に、かばりと人影が詰め寄る。
 柔らかくはぜた香りに、腕の中の彼女が微かに身構えるのを見た。



「雅ちゃん怪我ない!?ごめんね私が我を忘れて追いかけたから…」

「え?」



 申し訳なさそうに眉を下げて雅の両手をとる女生徒に、意外だと瞬く。
 やはり、言動があれなだけでそこまでの被害はないのではないのだろうか。
 雅も同じ心境となったのか、少し表情を緩めて視線を落とした。



「あ、いや、勝手に…転けそうになったのは私、だし…、」

必死に逃げる姿に私の中の何かが刺激されてしまって…!

「…うん?

「ああ呼吸の乱れる雅ちゃんとか…そそる!

「…、…」



 あ、やっぱりだめだった。

 恍惚に表情を染めた女生徒に、二人の気持ちはシンクロする。



「−飴凪、」

「…なにかな緑君」

「ひとつ言わせて貰うなら…これからはラッキーアイテムは肌身離さず持ち歩け

「うん、明日からはおは朝占い私も見るね



 心持ち雅を庇うような位置に入り込む緑間をものともせずに、語り続ける女生徒。
 その暴走を遠い目で見詰める雅に、かける言葉も見つからない。
 掴まれている両手を何とか引き戻そうとしているようだが、びくともしていない。

 格闘する彼女に対し、うっとりしたその姿からは力を入れている様子を感じなかった。



「−白い手って最高よね、つるつるで小さくてなんて言うか…食べれそう、舐めたい

ごめん緑君軍手できれば今すぐ貸してほしいです片方下さい

片手と言わず両手に嵌めろ



 危機を感じて、雅の抵抗が全力に切り替わった。

 それを援助するためにピンクの軍手を取り出すが、流石にこれはスルーできなかったのか。
 今まで緑間に反応すらしていなかった女生徒が、初めてリアクションを起こした。

 柔らかな睫毛を携えた瞳を細め、鋭利な視線で対象を射抜く。



「…ちょっと、雅ちゃんの超絶美手を隠さないで」

「第三者から見ての最良の判断だ」

「緑君…!」

「ピンクとか似合いすぎて大賛成だけど、そんなもの嵌めたらこの芸術的な爪が拝めなくなるじゃない!」

「ごく一般的な爪かと」

「…、」

「緑君!?」



 だめだよ帰ってきてそそのかされないで。

 現状では彼が唯一の希望の光だ。
 信頼を置いている緑間まで引き抜かれては堪らない。

 必死の懇願をよそに、少女はきらきらと双眼を輝かせた。



「この爪を毎日お手入れするのが私の夢なんだから。雅ちゃんも承諾済みよ」

「いや、それは初耳…」

「その役割はこちらで受け持つのだよ」

「うん…うん?

「爪を整えることに関しては、オレの右に出る者はいない」



 それは分かる、物凄く分かるんだけど寧ろ頼みたいくらいだけどそれちょっと違う気がする。

 テーピングを外して掲げられた緑間の左手の爪は、確かに手入れが行き届いていた。
 女生徒も負けじと応戦する。



「確かに慣れているみたいだけど…整えるだけじゃ足りないわよ。女の子の爪のことは女の子の方が理解してるんだから」

「その点も抜かりない。マニキュアペディキュア、ネイルアートの心得もある」



 え、それも初耳ですけど。
 というか私それらを施されるの?

 知らざる一面に思わず緑間を凝視するが、彼が冗談やハッタリをかますタイプではないことは知っている。
 記憶に正しければ、確か妹がいたハズだ。
 それで色々詳しいのかもしれない。

 そう自己解決し、二人の気がそれている今の内にと、緑間が準備してくれていた軍手を手にした。
 どさくさに紛れて、上着のポケットに入れてくれたらしい。
 彼のお陰でいつの間にやら彼女の手からも解放されており、スムーズに装着できる。



−ピンクの軍手とかちょっと可愛い…。



 元々手のサイズが小さいため、少し余る指先の生地が残念だ。
 不服も込めて弄ぶが、なんやかんやでこちらに意識を戻したらしい。



「っ雅ちゃん!なんてこと…」

「え、あ…」



 ヒュッと息を呑む姿に、反射的に身を引いた。
 彼女にとっての爪とは、そんなに重大な要素を含むものなのか。
 ここからどんな行動をとるのかと、呼吸も忘れて見入る。

 が、彼女はそのままふらりとよろめいた。



「ちょ、」



 流石に手をのばそうとするが、何故かスッと横切った腕に制止される。
 緑間だ。
 意図を確認しようとするが、眼前の女生徒が何かを呟きだしたのを察知する方が早かった。

 微かな音に対し無意識に耳を澄ましてしまうのは、人間の性かもしれない。



「−ピンクが似合うのは知っていたけどここまでなんて…軍手?軍手というアイテムがまたギャップを高めているというか…大きさも絶妙…あのちょっと背伸び感な余り具合がいいのよ…だめ、激萌

「…」

「…」

「…緑君、とりあえずこの場から離れたいと思うのですがどうでしょうか

「ああ。異論はない」



 二人足並み揃えて、そろりそろりと後ずさる。
 その姿が視界から消えた時点で踵をかえして、走ることに全力を注いだ。







できればそのまま圏外でお願いします


(飴凪、明日からはラッキーカラーは爪に塗るのだよ)
(ごめんそれ多分校則違反です緑間君)


痴女、止まらず爆走中。