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 ざく、ざく。

 白いキャンパスのような地面に、足跡をつけては進む。
 この帰宅ラッシュの時間帯に未だ綺麗すぎる雪道は、割とマイナーな裏道ならではだ。
 そんな道を必死になって探し出した理由は、隣を歩く女子にあった。

 マフラーに口元を埋めながら、黄瀬はちらりと視線を流す。



「…飴凪さん」

「うん?」

「いや…えーっと、寒いッスね」

「そうだね、雪降った後だしね」



 自分とは対照的な漆黒が、彼女の動きに合わせて揺れた。

 日々の平和の為にあまり自分とは関わりたくないと言い切った、非平凡な平凡少女。
 その言葉通り、基本的には必要事項以外は、するりとかわされてしまう。
 そんな彼女との時間を作りたいが為に、普段の自主練習中に学校付近を走り回って、目立たないこのルートを見つけだしたのだ。

 バレンタインという運命の日までに間に合わせて何とか一緒に帰れることになったのはいいが、やはりあまり期待はできないか。
 別れ道が近づいても通常運転の雅に、そっと肩を落とす。

 それでも希望が拭いきれないのが男の性だ。
 まさかモデルもこなす自分が今日という日に悩まされているだなんて、昔の己含め、誰が思うだろう。



「飴凪さんは、誰かにあげたんスか?チョコ」

「あげてないよ」

「ふーん。渡す予定は、」

「ないかなー」

「…そうッスか」



 思い切って切り出すも、呆気なく撃沈。

 相変わらずドライ!

 あからさまにショックを受けるが、少しの間を空けて、雅が不思議そうに頭を傾けた。



「黄瀬君は沢山貰ったんでしょ?」

「…え?あー、まあ…」

「イメージ的には紙袋いっぱい両手もいっぱいなんだけど、見当たらないね?」

「いや、持ち歩くの大変だし基本的には学校に放置ッスよ。流石に食べきれないから毎年全部欲しいヤツに譲って…、」



 そこまで言って、はっと言葉を押し留める。

 貰ったチョコを公共の場で当たり前のように他人に譲るなど、一般的にもかなり失礼にあたる行為だ。
 女性の視点から見れば最早外道レベルかもしれない。

 しかしながらチョコなど捨てるほど貰ってきた黄瀬にとってはそれが当然で、いつぞや先輩や同僚に指摘されたが、特に気にせず突き通していた。
 しかし、彼女にマイナスイメージを与えるとなれば話は別だ。
 無意識的に足を止め、恐る恐る彼女の表情を窺う。

“女の子の気持ちを何だと思ってるの”
“頑張っているのに、可哀想”
“貰いたくても貰えない人だっているのに贅沢だ”

 今まで提供されてきた意見がぐるぐると回り、彼女の場合はどれに当てはまるのだろうと固唾を呑んだ。

 黄瀬が止まったことに気付いた雅が首を傾げて立ち止まる。
 同時にさらりと翻る、柔らかな黒髪。



「−うん、それでいいんじゃない?」

「……は?」



 いつも通りの穏やかな笑みに添えられた返答に、間抜けな声が出た。

 え、それって何に対しての肯定。
 オレさっき何て言ったっけ。

 情報処理が遅れる黄瀬を前に、顎に指先を添えた雅はひとり頷いた。



「いくら黄瀬君でもそんなに食べたら大変なことになるだろうしねぇ」

「は?って、え?そうなんスか!?」

「なんで黄瀬君がびっくりしてるの。あの量は甘いもの好きの女の子でも限界があるよ。中には高級チョコも紛れてそうだし、食べたいやつだけ食べたらいいと思う」

「…はあ、まあ…そうッス、ね?」

「うん。またお裾分けよろしくね」



 けらりと微笑む姿に色んな感情が渦巻いて、訳が分からない。
 返しが予測出来ない女の子なんて、今のところ彼女くらいだ。
 それが悔しいような、嬉しいような。

 口元が弛むのを自覚して、慌ててマフラーを引き上げた。



「やっぱ飴凪さんって変わってる」

「それはほどほどに言われるかな」

「最低とかって言われる覚悟だったんスけど」

「まあ、譲るのはこっそりがいいよね。送る側からしたらチョコを食べるのは無理でも気持ちだけはちゃんと受け取って欲しいと思うから」

「…肝に銘じとくッス」



 あれだけ周りに言われても響かなかったのに、彼女の言葉はすんなり受け入れてしまうから不思議だ。
 これも惚れた弱みというやつか。

 いつの間にか再開していた足取りと、見えてきた別れ地点に我に返る。
 一層のこと家まで送りたいが、経験上、それを申し出た時点で暫くはこういう機会を設けることが出来なくなるだろう。
 ああやっぱり彼女からは義理でもチョコレート欲しかったな、なんて未練がましさが残るが、今日は何となく満足してしまった。

 男らしく潔く諦めるのも、偶にはいいかもしれない。



「今日は無理言ってごめん。楽しかったッスわ」

「こちらこそありがとう。明日は数学、黄瀬君当たるからね」

「マジっすか!?」

「うん、出席番号的に。予習頑張って。じゃ、また明日」

「えぇえ…」



 格好良く締めようとしても、結局は彼女のペースで終わる。
 本日も、色んな意味で衝撃だ。

 ショックで途方に暮れていると、ざりっと近くで雪が鳴く。
 いつかのデジャヴを感じてすかさず意識を引っ張り戻すと、やはり先ほど背を向けた筈の雅が、直ぐ目の前に佇んでいた。
 小柄な彼女にちょいちょいと手招きされて、合図に従い軽く屈む。

 縮む距離にそわそわしていると、悪戯に歯をちらつかせた雅が楽しそうに耳打ちしてきた。



「口開けて?」

「なん、んぐ!?」



 言葉を遮って押し込まれた、丸い固形物。

 その感触は知っていた。
 何回かお裾分けして貰った、彼女の必需品である飴玉−中でも曰く“特別”らしい大玉だ。
 不意打ちで詰め込まれるのにも慣れてきた気がする。

 ただ、その味は記憶になかった。
 甘ったるい痺れが舌に伝い、口の中を満たす。

 ハッとして見つめ返すと、可笑しそうに唇を手で覆う姿が印象的に映った。
 あまり見ない笑い方だ。
 惚けている黄瀬に対し、ごめんと呟いた雅は得意げに包み紙を掲げる。



「限定のチョコレート味。やっぱり大玉ってお買い得感あるよね。味はどう?」

「かなり甘いッスね…ってそうじゃなくて!チョコレート渡す予定はなかったんじゃ、」

「これはチョコレートじゃないもの。知ってるでしょ、私が持ってるのなんて飴くらいだよ」



 これで予習もはかどるかな。

 緩やかに双眼を細めた、その表情に。
 今日もやられた、そんな気分に陥った。







甘さの秘訣は何ですか、愛される秘訣は何ですか、果たしてそれはあなたが望んだことですか


(ちょっとは期待していいんスかね。つーかそろそろ反撃させて下さい)
(あんまり攻められると防ぎきれないから、ほどほどで逃げさせてね)


どきり高鳴り、あまい甘い。