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 ゴトリ。

 スーパーの袋は、実渕の指先を離れてフローリングへと落ちた。
 大事な新妻から珍しく既製品の買い出しを頼まれ、仕事帰りに買ってきたまではいい。

 ただ、炬燵から長い黒髪だけが流れ出ているこの光景は、ある意味ホラーだった。



「ちょ、ちょっと雅!どうしたの大丈夫!?」



 我に返り、散らばった夕飯もそのままに駆け寄ると、ぴくりと漆黒が波打つ。
 そのまま炬燵からにょきりと飛び出る、黒と対照的な白い手。

 どこまでホラー!?

 びくりと身体を揺らしながらも、膝を折ってその小さな手を握り返した。
 普段から働き者の彼女は、炬燵に脚を入れることはあっても、身体ごと埋まるなんてことはない。

 どんな非常事態だと眉を寄せると、なるべく刺激を与えないようにと握った手に語り掛けた。



「ねぇ大丈夫?具合でも悪いの?」



 炬燵の中は暖かい筈なのに、冷え切った指先が不安を煽る。
 冷え性なのは知っているが、今回はシチュエーションがシチュエーションなだけに気が気でなかった。

 そんな実渕の心情を察知したのか。
 おずおずといった調子で、丸い頭が布団から顔を出す。
 続いて挙がった白い顔から、か細いソプラノが紡ぎ出た。



「…お帰りなさいれーさん…」

「ええ、ただいま。…顔色が悪いわね」

「うんちょっと…、その、」



 彷徨う視線と歯切れの悪い口調に、実渕は暫くの思案ののち「ああ、」と一つ頷いた。
 思い当たった事項に、苦笑を零す。

 そういえば、彼女は特別“酷い”のだったか。
 年に数回は身動きがとれない状態になることもあると、いつか聞いたことがあった。
 そんな時は決まって家で引きこもっていたらしい為、実際に目の当たりにしたのは初めてだ。

 この状態であれば、本日の既製品買い出しの依頼にも納得がいく。
 夕飯を作れない事を前提とした頼み事だったらしい。
 勿論自分が作ってもいいのだが、彼女なりの配慮なのだろう。

 もっと頼ってくれていいのに。

 これは辛そうだと唇を結ぶと、空いた方の手でスルリと黒髪を撫でる。



「女の子は大変ね。何かできることはある?」



 薬は飲んだの?
 お粥でも作りましょうか。
 この体勢で大丈夫?

 少しでも楽にならないものかと、思いつく限りの案を投じていると、不意に握る柔らかな手が大きく動いた。



「っう……ごめんねれーさぁあん!」



 実渕の優しさに触れてしまった所為か、それを引き金に、雅の中で何かが弾け飛んだらしい。
 がばりと彼の膝に縋りつくように乗り出すと、ぷるぷると全身で震え出す。



「え、雅どうし」

「普段から女子力とか完璧に負けてるのに家事までできなくなったら私…っ」

「雅、ちょっと落ちつい」

「今日は頑張ってれーさんの好物作る予定だったのにそんな日に限って予定外でくるなんて何なの何かの陰謀なの…!?」

「お願いだから、」

「動けなかろうがこたつむりになろうがでもれーさんのことは大好きなのっそこだけは誰にも負けてないからだから見捨てないでぅ…」

「っあーもうちょっと落ち着きなさい!」

っふぶぅ…!!!!



 一人突っ走る雅の暴走を止めようと、ひっつかんだブタのクッション。
 つぶらな瞳のそれを膝に乗る小さな頭に押し当てるが、痛みと格闘している彼女の身体には結構な刺激になってしまったらしい。

 先程とは違う意味での悶えるような震えに、我に返った。



「あ、ごめんねつい…大分響いたかしら」

「い、いえ…れーさんに構って貰うためだったら私はどんな試練も乗り越える…!」

「…その気持ちは嬉しいんだけど、かなりキャラが崩壊してきてるわよ」



 ふむむう。

 己の大腿部付近にぺっとりと頬をひっつけながら唸る姿に、意図せず笑ってしまう。
 彼女が苦しむのはいただけないが、いつも以上に素直な愛情表現は純粋に嬉しかった。

 無防備に広がる黒髪に指を通しながら、うつ伏せる雅の顔を覗き込むように首を傾げる。



「それで?ご飯は食べれそうなの?」



 一応あなたの好きそうな物中心に買ってきたんだけど。

 ちらりと廊下に視線を流せば、彼女の好物達が存在を主張するかのように袋から身を乗り出していた。
 彼の視線につられた雅もそれらを目にしてごくりと喉を動かすが、直ぐに控え目に眉が寄る。
 やはり食欲よりは身体の不調の方が上回るらしい。



「…少し、難しいかも」

「そう…でも少しは入れた方がいいわよ。辛いなら食べさせてあげましょうか」

食べます

「決まりね、じゃあちょっと取ってくるから…、」



 己の存在が、更に身体の不調を上回ったらしい。

 間髪いれない返答に上機嫌で立ち上がろうとするが、それは行動に移せそうになかった。
 脚を占める程良い温もりと重みが、離れる素振りをみせない。



「…雅、流石にこのままだと取りにいけないんだけど」

「れーさんを離したくないです」

「あれ取ってくるだけよ?すぐ戻ってくるから」

「…やっぱり何も要らないのでもう少しこのままでいてくだサイ」

「あら」



 甘えたね。

 きゅうと腰に回ってきた白い温度に、満更でもなさそうに瞳を細めた。







仰せのままに、親愛なる君


(あ、でもお腹空いたよね。何ならこのまま腕だけ伸ばしてとっていただいて)
(何というか…無茶ぶりもあがってきたわね)


おこた、離れられないふたり。