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 色彩溢れる人混みの中、雅は走っていた。

 一点を見つめながらひたすらに駆けるその姿は、一見“何か”を追い掛けているようにも映る。
 しかし、彼女の視線の先には特に変わったものは見受けられなかった。

−そう、一般的な、“視力”では。



「っも…速すぎ…!」



 もうどれくらいこうしているのか。

 息も絶え絶えに弱々しく漏らした雅の眼には、一つの影が映っている。
 鮮やかな銀杏色をしたその生物は、真ん丸い身体に小さな手足を付けていた。
 そのつぶらな瞳も助長して初回はおっとりとした印象を受けたが、追いかけっこを始めてしまえばこれがまた早い速い。

 レンズを通すことにより不可思議なモノを視てしまう、特殊な能力に気付かされてから早一ヶ月。
 ただの同級生だったはずの緑間、高尾と活動を開始し、やっと自分の力の需要に実感を持ってきた。
 いくら攻撃力があっても、視えなければ意味を成さない。

 彼らが言うには、ここまではっきり視れる瞳は珍しいらしい。
 しかし、雅は飽くまでも視ることしかできず、完全なサポート部員だ。
 対応対象はいつ現れるか分からず、かと言って二十四時間二人と一緒にいるわけにもいかないだろう。

 結果叩き込まれた手段が、生物の能力封じと追跡機能といった二種類の効果を持つ印をつけることだった。
 ただし効果を見いだせる場所が額と限られているため、鮮明に対象物を視れる人間じゃなければ使えないのだとか。

 渡されたペン型の道具を片手に、未知生物と奮闘する。
 しかしながらターゲットを見失わんとするばかりに、他への意識が疎かになっていたらしい。

 何かに足をとられ、視界が大きくブレた。



「っう、わ!?」



 人間に備わる素晴らしい機能で何とか踏みとどまることは出来たが、直後に感じた違和感。
 ぼやける世界に、心臓が冷えた。

 嘘でしょまさか。

 反射的にこめかみ付近に手をあてるが、案の定だった。
 障害物に触れることなく自身の肌に辿り着いた指先に、慌てて付近を見渡すが、先ほどの衝撃で外れてしまったらしい眼鏡は見当たらない。

 しかし現状で視界が悪くなる以上に困るのは、レンズを通さなければ対象物すら視れないということだ。
 ここまできて逃すなど、冗談にもならない。

 焦る雅に、更に追い打ちが掛けられた。



「…あの、」

「はい!?」

「ひ、スイマセンッ。あそこの眼鏡、貴方のじゃないですか?」

「−え、何処ですか!?」



 余程の形相だったのか、声を掛けてくれた青年に謝罪を受けたが、それを気にする余裕もない。
 詰め寄る雅に気持ち後退しながら、彼は言いにくそうに道路の方向を示した。



「スイマセンスイマセンッ、あの、既にトラックに牽かれて壊れてるんですけど…」

「はい!?」



 ギョッとしてそちらを凝視すれば、曖昧な景色の中で、成る程確かに見慣れた色の欠片が垣間見える。

 唖然となる雅の耳には呪文のように謝罪が通り抜けた。
 明らかに彼の所為ではない為そう言ってあげたいのは山々なのだが、生憎ショックが大きすぎて口を開けそうにない。

 眼鏡なしで、どうして仕事を出来るというのか。
 そもそも一匹逃がした程度で何もお咎めはないのだが、雅の性格上、どうしても諦めることができなかった。

 協力する以上は役に立ちたい。
 そんな思いで、何か眼鏡の代わりになる媒体はなかったかと鞄に視線を落とした、その瞬間−。

 ふと世界との隔たりが視界を過ぎった。



「え、あれ!?」



 周りの輪郭に変化はみられないが、それは紛れもなく眼鏡だった。
 唐突に双眼を覆ったソレに慌てふためいていると、面白そうに喉を鳴らす音が鼓膜を揺らす。

 割と近い音源に振り向くと、自分と同じ漆黒が揺れた。



「−ワシの眼鏡貸そか?」

「って、今吉センパイ…見えるわけ、」

「!視えますっ」

「え…?」



 何故か驚く謝り少年に構わず、今吉と呼ばれた眼鏡の持ち主を見上げる。

 度が弱すぎるのだろう。
 見えやすさは殆ど変わらないが、視えやすさは抜群だ。

 ざっと見渡した色彩の中にずっと追いかけていた銀杏色を視て、その場の勢いでまくし立てた。



「あ、あの、迷惑承知でお願いしたいんですけど数分だけ貸してもらえませんか!?」

「本間にミえとるんか?」

「はい、奇跡的に度が近いみたいで…どうしても早急に確認したいものがあるので少しだけでもお借りしたいんですけど…!」

「…−ええよ」

「ありがとうございます…!」

「此処で待っとるわ」

「必ず戻ってきます!」

「わははっ、頼むで」



 あらへんと流石に帰れへんから。

 今吉が笑いながらひらりと手を振ったのを視界に捉えつつ、雅は踵をかえす。

 ふわり。
 黒髪が翻り、その小さな背中が遠ざかると、気の弱そうな青年−桜井は今吉へ説明を求めた。



「…センパイ、どういうことですか」

「どうって、まんまやろ。あの子には多少なりともミえとる。それだけの話や」

「でも…センパイの眼鏡って確か、−伊達ですよね?能力を使うためだけの」



 チラリと今吉の手元に視線を投げると、ぼんやりと小瓶のようなモノがチラつく。
 中には、先程の少女の足元を掬い、更に眼鏡を奪ってトラックの前に運んだ生物が入っていた。
 視る専門ではないため色彩くらいしか確認できないが、紅葉色のソレは、彼女が向かった先で跳ねていた銀杏色のアレと仲間なのだろう。

 自分が彼女に声を掛けている間という短期間で“捕獲”してしまう今吉には、相変わらず頭が上がらない。
 ただ消滅させるよりも生かしたまま捕まえる方が難易度が高いことは、彼らの世界では常識だ。

 しかし、紅葉色の生物にちょっかいを出されていたことといい、銀杏色の生物の方向に駆け出していったことといい、少女がただの一般人でないことは明白になってきた。
 何とも愉しげに弾む先輩の声に身震いする。



「なあ桜井。もしかしたらとんでもない掘り出し物かもしれへんで?」



 桃井にも連絡しときや。

 付け足された台詞に、慌てて鞄を漁った。







彼はきっと、笑っている


(相変わらず目敏いというか何というか…)
(大人しそうなイメージやったけど、いざという時の行動力はありそうや)
(今度から予備も持とう。とりあえず百均行かなきゃ)


歯車ぐるぐる。







(お題提供元:伽藍様)