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 人気のない、早朝の学校の廊下。
 先の曲がり角直前に小柄な後ろ姿を見て、花宮は迷わずそちらに向かった。



「−あれ、飴凪さん?」

「花宮君」



 振り返った人影は一瞬驚いたように固まるが、直ぐに柔和な笑みを浮かべる。
 普通の人間ならば気にもとめない程度の違和感に、花宮は自分がほくそ笑んだのを自覚した。

 “余所行き用”の上っ面をすっぽり被り、良き同級生として、相も変わらず和やかな彼女に対応する。



「今日は随分早いみたいだけど、何かあったかな」

「え、あ…うんまあ、日直で。花宮君も早いね」

「朝練なんだ。でも少し早く来すぎちゃってね。よければ何か手伝おうか」



 普段からの彼女への興味も重なり、ほんの一握りの気紛れでの申し出だったが、それが受容されることはなかった。

 ピシリ。
 今度は明らかに表情をフリーズさせたのち、全力で解凍してくる。



「!いいえ滅相もない朝練の前にそれはいただけないよ日直の仕事なんてたかが知れてるしひとりで十分だから気持ちだけいただきますありがとうっ」



 じゃあ朝練がんばってね。

 一息で断りを入れた彼女は、極めつけに完成度の高い笑顔を押し付けて走り去った。
 翻る黒髪には、毎度ながら呆気にとられるしかない。



「…あーあ」



 これだから、思い通りにいかない奴は嫌いなんだよ。

 忌々しげに悪態をつくと、彼女の消え去った空間を映した瞳をじとりと細めた。



−飴凪雅という人間は、至って平凡で穏和な優柔不断少女だった。
 綺麗すぎる黒髪は割と目を惹く要素はあるが、他は至って人並み尽くし。
 基本的には嫌な顔せず周りに合わせて、笑顔を振りまいている。

 その点は自分も優等生を演じるためにこなしている範囲だから、否定するつもりはなかった。
 癪に障るのは、自分と接している際に時折滲み出る緊張感だ。
 花宮は己の演技力は自負しているし、本性をバラすようなヘマをした覚えもない。
 現に、部活仲間以外の校内の人間はその優等生の仮面を信じて疑わなかった。

 なのに、彼女だけは違う。
 探るように見てきては、いざ視線が絡むと慌てて反らすか、とってつけたような愛想笑いを張り付けてきた。

 何度か接する内に、一つの仮定を確信する。


−飴凪雅は、自分を苦手としている。
 何故か。
 恐らく、誰もがいい評価をしないであろうこの本性を、見抜いているから。

 それがいつからでどの程度のものかは分からない。
 ただ、被った猫に惑わされず警戒心を持っている癖に、特にそれをひけらかす訳でも暴こうとする訳でもなかった。
 いかにも関わるのが面倒とばかりに、当たり障りなくスルリひらりとすり抜けていく彼女。

 プライドの高い花宮にとって、標的になるのには十分すぎる要素だった。
 あどけない漆黒の瞳が脳裏を過ぎる。



「ふはっ…−逃がすかよ」



 近いうちに捕まえてやる。

 沸き上がる笑いを抑えようともせず、愉しそうに唇を歪めた。







「…っは、吃驚した…」



 暴れまわる心臓を押さえつけて、雅は壁にもたれ掛かるように脚を休めた。
 口から脈打つ何かが出てきそうだ。

 不意打ちにもほどがあると、無意識にこめかみを庇う。



「もうほんと何なの花宮君…」



 咄嗟に口をついて出た、日直であるという理由に偽りはなかった。
 ただ、朝早いのは仕事の為ではないし、言うなれば日課だ。
 できれば、彼にだけは会いたくなかった。
 心臓に悪いことこの上ない。

 未だに治まらない動悸に、胸付近の布地を指先でキュッと握り込む。
 己を捉えて笑う瞳を思い出して、小さく肩と喉を震わせた。













「−っ手伝ってくれるとかまじ天使…!何なの朝練の前に他人の仕事助けようなんて天使通り越して女神か



 顔を挙げた雅の表情は爛々と輝いており、ポケットからメモ帳を取り出すと手慣れた動作で何かを書き留める。
 そこには、嫌悪や警戒心といった負の感情は一切なかった。



「うーん、やっぱりこの眉堪らん」



 うっとり見つめる先には、メモ帳表紙裏に貼り付けられた花宮の写真。

−花宮含む、雅の周りの人間にも周知されていない事実があるとすれば、花宮への想いとずば抜けた穴場スポット発掘能力だ。
 
 平々凡々に生きている優等生の彼女が、まさか毎朝校舎のとあるスポットから体育館内を覗き見ているだなんて、誰も思わないだろう。
 同じクラスになって花宮に一目惚れしてからというもの、中々自然に接することができないのが雅の悩みでもあった。

 その挙動不審が実は幸を成しているとは思いもしない。

−ひと通り満足したのか、ぱたんとメモ帳を折り畳んだ雅は踵を返した。
 本日の“充電”は先程の接触で充分だ。



「…んー、普通に教室行こうかな」



 今朝も超絶格好良かったわー。

 るんるんと軽いステップを刻んで、漆黒が舞い上がった。







神すらも予測できなかった事柄


(容姿がストライクすぎて目もろくに合わせられないなんて!)
(逃げられると思うなよ)


勘違い、行き違い、恋患い。