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 ガタン。
 ドカ。

 騒音といくつもの足音が重なり、その空間を満たしていた。
 その中心にいるであろう人物達は、音を潜めながら、窮屈そうに屈めた身を捩る。



「…おーおー、大勢でご苦労なこった」



 やべ、真ちゃん達と合流するまで保つかな。

 ケラケラと黒髪を揺らしながら、高尾はスルリと瞳を細めた。
 能力として認められている、常人より秀でた視野で周囲を把握する。
 逃げ道が完全に塞がれているのを確信すると、手早く情報を仲間に送信した。

 幸いなのは、危険回避を一番の得意とする自分がこの状況で傍にいられたことだ。
 確かに人数は多いが、その分、敵側の行動は把握しやすい。
 物陰を使いながらの時間稼ぎは容易いだろう。

 大体、ここまで追い詰めておいて捕らえられないなんて、相手側の力量不足に笑ってしまう。



「あいつ等もバカだよなー。こんなにあからさまに出てこられてまともに行くわけ…、」



 いつもの軽い口調は、眼前で翻った漆黒にぶった切られた。

 はいストップー。

 反射的に掴んだ手首の細さに無意識に息を呑みながらも、不思議そうな視線に逆に問いかける。



「…一応確認しとくけど、今の状況は分かってる?」

「味方とは呼べない人たちに囲まれてる感じ?」

「そうそう、何たってオレらの大事なお嬢様だから。個人的には隣でじっとしててもらう方が助かるんだよなー」

「うん。だから捕まらないように様子見てくるね」

いやいや頼むから話聞いて雅ちゃん



 さも当然といった様子でキリリと言い放たれた言葉に、頭を抱えた。

 昔から、こういう勇ましいところは変わらない。
 普段は控えめで大人しい癖に、こちらが能力を発揮すべき状況下に限って大胆な行動に走るのだ。

 どうしたもんか。
 珍しく本気で悩む高尾に構わず、雅はにへりと表情を緩めた。



「高尾達の能力の高さは知ってるけど、情報が多いにこしたことはないでしょ」

「うんまあそういうとこぶっちゃけすげー好きなんだけどオレの立場も考えて…、−!」



―ぐいっ



「っわ…−」



 さも当然とばかりに示される信頼にキュンとときめくのも束の間。
 近づく気配を察知するなり、雅の肩を引き寄せてそのまま口を塞ぐ。
 片手で彼女の唇を覆うのもほどほどに、敵方面を鋭く見つめ、自分も息を潜めた。

 雅は無茶ぶりはあるものの、こちらの行動を邪魔することは絶対にしない。
 動いてもいい範囲を自覚し把握しているからこそ、彼女の護衛をするにあたって不満を挙げる者はいない。



−…もう大丈夫っぽいな。



 足音が遠ざかり安全を確信すると、その旨を伝えるために腕の中に視線を戻した。



「…、」



 自分に倣って懸命に呼吸を抑制する姿に、思わず吹き出す。
 寧ろ抑えすぎて酸素が回っていないのではないだろうか。

 真っ赤な顔を見て、今更に超がつくほど真面目な性格であること思い出した。
 長い付き合いの同僚ともきっといい勝負だろう。

 そこまで考えると、彼女の口元へ当てていた手を緩めて、きゅっと閉ざされた双眼へと移動してみる。



「え?なになに!?」



 案の定、わたわたと手に添えられる白い指先。
 反射的に目を開けたのだろう。
 ぱちぱちと瞬く度に肌に感じる睫毛の動きがくすぐったかった。

 再開された呼吸に瞳で笑うと、軽い謝罪と共にその柔らかい前髪をかきあげる。



「わりーわりー、苦しかっただろ?でも、」

 

 前触れもなく開いた視界に心臓が跳ねた。







「−こっちとしては雅ちゃんに怪我される方が致命的なんだわ」






 見慣れた人の、見慣れない表情に戸惑う。
 喉から絞り出した音は、明らかに水分不足だった。



「…高尾?」

「お、そろそろ到着するってよ。そんじゃ、こっちもラストスパートといきますか」



 しかしそれも一瞬のことで、瞬き後に映ったいつもの彼に胸をなで下ろす。
 離れた温度に一抹の寂しさを感じたものの、10秒もしないうちに身体を襲う浮遊感。

 唐突な横抱きに、再び声が掠れた。







どうかどうかお手柔らかに


(こっちの心臓が保たない気がする…)
(仕事関係抜きにしても気が気じゃねーって、色んな意味で)


かたり、カタカタ鳴った。