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 テレビのニュースを右から左へ聞き流しながら黙々と朝食の用意を進めていた雅は、ふとその手を止めた。
 もうすぐ、“例のコーナー”だ。
 ぱっと目配せするが、いつもならテレビ前でスタンバイしている姿が見あたらない。



「…真君?」



 小首を傾げつつも、慌ててソファに移動した。

 抜け目のない彼のことだ。
 いつものように昨日の内に本日の分までチェックしているのだろうが、もしものこともある。
 代わりに見ておこうと画面に神経を集中した、その時。

 ガタンッ。

 耳に多少余る大きさの物音が空間に響き、びくりと肩を揺らして振り向く。
 リビングの扉前に立ち尽くす姿を確認するなり、心配そうに駆け寄った。
 基本的にポーカーフェイスの彼の顔色が、あまり優れていないのに不安を感じる。



「真君、もうおは朝占い始まるよ?顔色悪いみたいだけど…気分悪い?」



 まるで自分事のように苦しそうに眉を寄せて、そろりと白い指先を緑間の頬へと伸ばした。
 そんな雅に多少表情が柔らかくなるが、やはり何か切羽詰まっているらしい。



「…−たのだよ」

「え?」



 微かに鼓膜が捉えた音に、耳を澄ます。
 これも堂々とした話し方の彼にしては珍しく、ますます不安を煽った。
 一音一句聞き逃さず対応せねばと、背の高い彼をしっかり見上げたその瞬間。
 ガバリと効果音をつける勢いで、両肩を掴まれる。



「−昨日購入したハズのラッキーアイテムが不良品だったのだよ!これでは使いようがない」

「…不良、品」



 不覚だったと肩を落とす緑間の胸ポケットには、成る程何か膨らみがみられた。

 さすが、翌日の占いも教えてくれるおは朝占い。
 想像に違わずばっちりチェック済みだったらしい。
 そして相変わらずの熱狂ぶりだ。

 ほのぼのと苦笑しながら、そっと肩に乗る緑間の手に触れる。



「ラッキーアイテムは何だったの?」

「…髪留めだ」

「髪留め?髪留めなら私も持ってるよ?」



 しかし彼が使用しても違和感のないデザインのものなどあっただろうか。
 リボン系は言わずともアウトだ。

 真剣に悩んでいると、溜め息と共に何かが目の前に掲げられた。



「…えっと、」

「ただの髪留めであれば勿論オマエに言っている。今日のラッキーアイテムは“ヒョットコの髪留め”なのだよ」

「ひょっとこ…っほんとだ、可愛い…っ」



 少し歪に歪んだパッチンドメには、確かにヒョットコが付いていた。
 突き出された口が何とも言えない。

 しかし何度見ても、時折吃驚するくらいマイナーなラッキーアイテムをもってくる占いである。
 入手できる人など殆どいないのではないだろうか。
 それを毎日当然のようにゲットし持ち歩いている彼には、毎度ながら感心する。

 今回のも一体どこで手に入れたのか、気になるところだ。
 クスリと笑みをこぼしていると、呆れたように息を吐いた緑間に腕を引かれた。



「真君?」

「笑い事ではない。…今日のオマエの星座は最下位だ」

「…え?」

「今から少し出てくる。オレが帰るまで家でじっとしていろ」



 きょとんとする雅をソファまで誘導するなり、座らせる。
 そのまま彼女が用意しかけていた朝食類を手際よくテーブルへと並べ終えると、玄関へと向かい始めた。
 あまりの素早さにリアクションもとれないまま大きな背中を見送るが、玄関の扉の開閉音で我に返る。



「−。…そっか、ヒョットコは私のラッキーアイテムか」



 ぽつりと呟いた雅は、幸せそうに頬を緩めた。

 自分の運勢の為に必死になってくれる人がいるというのは、何とも幸せなことだ。
 そういえば今日はまだ、彼から何も受け取っていなかったことを思い出す。
 付き合っている頃から何かと驚かされることも多かったが、いつだって彼の愛情は本物だった。

 努力家なところも、極端に一途なところも、たまにあほすぎるところも。
 全部ひっくるめて、大好きだ。



「−たまには冷えた目玉焼きも美味しいんじゃないかな」



 食事には手をつけずニコニコとコーヒーカップに口を付ける雅の瞳には、蟹座の二文字が輝いた。



『−蟹座のあなたは朝からトラブルに見舞われそう。でもそれが幸いして大切な人との絆が深まるかも。ラッキーアイテムは縁眼鏡』

「…あ、真君今日は努力要らず」







朝のそんなヒトコマすら愛しい


(でもヒョットコはつけるのはちょっと勇気いるかも)
(優先順位など、昔から変わらない)


ヒョットコに幸あれ、アレ?