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 ザァアア。

 細い雫が柔らかく傘を叩く音を聞き流しながら、ちあきは帰り路についていた。
 密着した体温の持ち主が、右隣で黒髪を揺らす。



「いやー、さすがちあきちゃん。傘持っててくれて助かったわ」

「今日の天気予報は完全に傘マークだったと思うけど」

「今日は寝坊したから天気予報は見てないんだって」

「…カチューシャしてないよね」

「うっわ、よく見てんなー。俺が寝坊した時がカチューシャなんて法則見抜いてんの、ちあきちゃんくらいじゃね?」



 やっぱ愛!?

 ケラケラ笑う彼氏に、「バカ」と軽い小突きを返すが、それすら楽しそうな笑みで返された。
 おちゃらけて見えて、実はどこまでも抜け目ない彼のことだ。
 傘も、敢えて持ってこなかったのだろう。
 結果、当然のように相合い傘が実現してしまっている。

 毎日のように一緒に帰ろうと誘ってくる高尾は、家は全くの逆方向だ。
 お互い部活で遅くなるため時間帯としては支障ないが、ちあきの家は近いとは言い難い距離であり、流石に毎回送って貰うのは気が引ける。
 しかしそれを理由に断った次の日は、なんと朝にもお迎えが、来た。

 ちあきに気を遣わせずに一緒に帰ろうと、彼なりに考えた結果が自転車通学。
 そして自転車通学であれば朝も間に合うと、そういう結論に至ったらしい。
 まさかの悪化に眩暈を起こしたのは記憶にも新しかった。

 高尾のちあきへの溺愛ぶりは、クラスメートどころか教師達も知るところだ。
 登下校は勿論のこと、気が付けば彼女の傍にいる。
 それも、ちあきの人間関係には支障を及ぼさない程度に上手い具合に調整されており、怒るに怒れない。

 教師からしても、彼女への頼みごとに高尾の手助けが入る事は暗黙の了解。
 そのため助っ人が付くこと前提で、依頼される仕事量が半端でないなんてことも屡々だ。

 束縛などがあるわけでもなく、互いの友人関係のバランスもとりながらこれだけ共有時間がとれるのは素直に凄いと思う。
 何ともハイスペックな彼氏だとは実感しているが、照れ屋で目立つことを好まないちあきからすれば、遠慮したい内容も出てくるわけで。

 とりあえずは高尾の身体の為にも、この送迎を半分くらいに抑えられないだろうか。
 そう悩んだ末、テスト前で部活停止中の今だからこそ試せるプランを実行開始することにした。

 一息置いて、視線は真っ直ぐそのままに口を開く。



「…高尾、明日は先約あるから一緒に帰れないよ」

「ああ、鼎さんと約束してたやつか。りょーかい、そんじゃ明日は別々だな」

「え?あ、…うん」



 あっさりとした返しに、思わず拍子抜けした。
 友人関係は重んじてくれる彼のことだ。

 もしかしたら毎日友達と帰るようにしたらいいのでは、なんて喜んだのも束の間。



「一応2・30メートルくらいは距離置くけど、何か困ったことあったらすぐ連絡しろよ」

「……うん?



 何やら聞き過ごせない単語が聞こえたような気がして、思わず聞き返した。
 焦点を隣斜め上に合わせると、珍しく少し考えるような表情が目に付く。

 性格のためか軽く見られがちだが、高尾もルックスは整っている部類だ。
 マジモードなそれはちあきにときめきを与えるには充分な要素を持っていた。
 しかし、残念ながら言動が邪魔をしている。



「まあ視野は普通より広いつもりだし最低限のピンチには対応できっと思うけどなー」

「………、ごめんちょっとイメージがつきにくいんですが…………、それってどういう図」

「っぶは!相変わらずおもしれーなちあきちゃん。どういうも何も、まんまだろ?」

そっか、まんまか…



 面白いのは君の頭だ高尾君。

 いかにも当たり前みたいなその常識はいただけない、非常にいただけない。
 何故こちらが非常識みたいな扱いを受けねばならないのか。
 どこか遠くを見つめるちあきの脳内を過ぎったビジョン。

 友人と歩く後ろをぴったりこそこそ着いて動く人影を視るなり、ひとつ頷いてニコリと笑みを返した。



「−うん、却下で



 いくら彼氏といえど、そんなストーカー行為を許すわけにはいかない。

 すっぱりと拒絶するなり、高尾の瞳が真剣みを帯びた。
 それに反応するより早く、肩を抱き寄せられる。
 急な引力に対応できず、引かれるままに彼の方向へバランスを崩した。

 混じる体温に、直で感じる鼓動。
 自分の異常な高鳴りは、伝えるわけにはいかない。



「ちょ、った、高尾!?」



 慌てて距離を置こうと試みるが、片手であるにも関わらずしっかり抱き抱えこまれていた。
 押した胸もびくともせず、限界を感じたちあきが足でも踏んづけてやろうかと身動ぎした瞬間。



ビシャァッ。



「ひゃ!?」

「お、すっげースピード。あっぶねー」



 突如、物凄い速さで自動車が過ぎ去る。
 ご丁寧に、豪快に水溜まりを蹴散らして。
 狙ったかのようなそれを、高尾は差していた傘の位置を足下にズラすことで防いでいた。

 いつの間にか、雨は上がっていたらしい。
 猛スピードの車から庇って貰ったのだと理解するのに、時間は掛からなかった。



「…、高尾」

「間一髪ってな。まあ隣歩いてないとこういうことはできないから心配なんだけど」



 濡れなかった?

 いつもの笑みが向けられるなり、意味もなく泣きたくなる。



−本当は、分かっている。
 最近は変質者が増えているからと、細心の注意を払ってできる限り一緒にいてくれていること。

 こんな時、素直に気持ちを言葉にできない自分が恨めしい。
 ぐっと下唇を噛むと、ぼやける視界を誤魔化す為に、やんわりと高尾の手を解いて先を歩き始めた。



「―ちあきちゃん?」



 傘を畳みながら追い付いてきた高尾を振り向くことなく、右腕に触れられた手をそのまま引きよせて左手で握り込む。



「え!?何これデレ期!?キュンキュンすんだけどっ」

「…離すよ

ゴメンナサイ



 速攻の謝罪に、口元が綻んだ。

 素直じゃなくてごめんね。
 ありがとう、いつも隣にいてくれて。

 届くかは分からない。
 ただ、繋いだ温度を手放す気はなかった。
 指先にぎゅっと力を込めると、そっと握り返される。

 こんなささやかな幸せがずっと続けばいい。



「…明後日、」

「ん?」

「明後日は、また一緒に帰ってね」

「…あの、もう一回抱き締めていい?」

「だめ」



 めげない彼に、また笑った。







何だかんだでお好みはストレート


(あ、でもやっぱりストーカーは却下で)
(え、俺がいなかったら誰が守んの)


傘くるり、雨上がり。