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 ごくり。

 甘い液体を喉に流し込む度に、紫原はまだかまだかと首を捻った。
 早くしないと、缶の中身はゼロになる。

 あと三口くらいかなー。

 気怠げに缶を振って、名残惜しみながらも口を付けた。
 それを傾ける寸前に、影が周囲を染める。



「−こんなとこにいたか紫原君」

「あ、やっぱり来た」



 顔を挙げれば、最近絡むようになった先輩がゆるやかに瞬いた。
 意味深な彼の言葉に、怪訝そうに頭を傾ける。



「…なに、君は予知でもできるの?」

「飴ちんのことに関しては割とー?」

「聞くなし。知らないよ」



 あとその呼び方止めれ。

 ちょこんと横に腰を下ろした温度には目もくれず、紫原は残りの甘味を飲み干した。
 梅雨に入りかけているせいか。
 昨日までは肩口で揺れていた艶やかな黒髪は、本日は高い位置にくくりあげられている。
 あまりお目にかかれない細い首が白さを主張して、意識の中に無理やりに入り込んできた。

 握ったら折れそう。

 そんなしゃれにもならない思考を織り込んで見つめていると、その視線すら禍々しいと言わんばかりに睨み返される。



「…相変わらずうざったそうな髪型してんね。縛りなよ」

「んー、じゃあそのゴムちょーだい」

「だが断る」

「ありがとー」



 その小さい頭部に手を翳すなり、彼女の長髪を束ねているゴムに手をかけた。

 するり。

 摩擦なんて感じないほどに、ただ滑らかにそれは解ける。
 束縛から開放された漆黒は、空気に甘い香りを撒き散らして拡散した。



「…うん、人の話とか聞いちゃいないよね分かってた。あーもう、髪垂れてきたじゃない」



 そう言いながら、右サイドの髪を全て左肩へと流す。
 雅のその何気ない仕草も、今となっては紫原の密かなお気に入りだった。
 更に露わになった首筋に視線を落としながら、空になった缶を地面へ預ける。
 奪ったゴムも道連れだ。

 結局ゴムは使わないんかい。

 横目でその光景を流していた雅の視界で、唇が動いた。



「−そうそう、飴ちんにひとつ確認したかったんだったー」



 カコン。

 コンクリートと空き缶の合唱。
 乾いた金属音が鼓膜を刺激するのと、毎度ながらの間延びした声が伝わるのと、“それ”はほぼ同時だった。

 不意に首元を覆った温度に、少しの圧迫感。
 ひやりとした体温が肌を刺激して、雅の身体が強張る。

 状況把握は容易かった。
 隣にいる後輩が、片腕を延ばして自分の首を掴んでいる。
 ただそれだけの話だ。

 しかし意図が全く掴めない。



「っ!?何、を…」



 その大きな手は驚異だが、飽くまでも触られているだけ。
 力は入っていないに等しいため苦しさはないが、急所とも言える部位を理由もなしに侵害されるのはいい気分ではない。

 やや鋭くした雅の眼差しにも臆すことなく、ラベンダー色が揺れた。



「!」

「−飴ちんってさ…、」



 あまりに真剣な瞳。
 彼が打ち込んでいるバスケの試合中にも中々見られないような表情に、思わずこちらが呼吸を忘れる。
 だからこそ、だからこそだ。

 全神経を聴覚に集中させた末捉えた言葉に、雅は盛大に突っ込んだ。



「…なんでやねん!







もしかして…ミルクココアの妖精?


(バカなのか、どうかんがえても君の頭の中が妖精だよバカなのか!)
(だっていつもココア飲んでるときに来るじゃん。だから最近ココアばっかだし)


砂糖をおいくつ?







(お題提供元:王さまとヤクザのワルツ様)