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 しまった。

 そう思った時には遅かった。
 今日は見たい番組があると言うのに。
 朝バタバタしていたせいで録画予約も出来ていない。

 そんな時に限って、重なった日直という束縛。
 ついでに言えば、相方はサボりでさっさと帰ってしまったという、なんて酷い話だろうか。
 かと言って、決まった仕事を放り出せるほど無責任にはなれなかった。

 自分の性格を悲観するわけではないが、こういう時だけは恨めしく感じてしまう。
 なんといっても、悪いことは重なるものだ。
 それも、物事を真面目にこなせば、こなすほど。



−…一度なら気付かないふりも通用するだろうか。

 フッと緩やかな笑みを零してそのまま歩みを進めようとした雅の後頭部に、衝撃が走った。
 パコン。



「っいた!?痛いです青峰先生!」

「よぉ、無視してんじゃねぇよ飴凪。確実に聞こえてただろーが俺の声」



 振り返らずに犯人分かるってことは認識してたよなあ?

 頭を抑えて振り返れば、気怠そうにファイルを肩で跳ねさせている担任。
 先程の打撃はあのファイルで間違いないだろう。
 歪みかけた眉を根性で山型に矯正し、にこやかな笑顔を造る。



「あれ、私に声掛けてたんですか?独り言かと思いました」

「ほー、いい度胸じゃねえか」

「いたたたた!?ちょ、いたたっ」

「おーおー、見た目通りまん丸だな。ボールみてぇ」



 悪気もなくぐわしと頭をわし掴んできた青峰に、堪らず抗議の声を上げる。

 仮にも女の子の頭だぞ。

 解放された瞬間に軽く睨みあげるが、効果などないに等しい。
 クツクツと喉を震わす音が降ってきて、ムッとすると再びくるりと背を向けた。
 この時間にあちらから話しかけてくるなど、嫌な予感しかしない。

 しかしそう簡単に見逃してくれるはずもなく、直ぐに首元に圧迫が加わる。



「ぐえ」



 慌てて、回された片腕に両手を添えるが、か弱い女子高生の力で外せるはずもない。

 増してや相手は元スポーツ選手で現体育教師。
 引き締まった筋肉は寧ろときめき要素だ。
 彼の場合は容姿も整っているため、ぶっちゃけ思春期な乙女の心臓には大変よろしくない。

 なにこれどんな拷問!

 そんな雅のささやかな葛藤も虚しく、密着した温度は離れてくれそうになかった。



「で?何帰ろうとしてんだ日直」

「本日の仕事終わりました日誌まで出しましたもう何もすることありません」

「いやいやオマエはまだ帰さねぇよ?めんどくせー雑用溜まってんだよ、ずべこべ言わず手伝え」

「それは横暴だと思います」

「日直なんて教師にいいように使われるに決まってんだろーが」

「いえマジで勘弁してください今日はやるべき任務が控えてるんで」

「正直に言ってみろ」

「見たい番組があります」

よし却下



 鬼ぃいいい!

 涙を散らしてぺっしんぺっしんと青峰の腕を叩くも、全く耳を貸してくれる様子もない。
 あろうことかそのままズルズルと引き摺る勢いで逆方向に動き始めた教師に、反抗する術も思いつかなかった。
 身長差があるため、下手をすると窒息するかもしれない。
 せめて首が絞まらないようにと、必死に後ろ歩きに徹する。

 ああもう、妹よ託したぞ。

 涙を呑んで遠くを見つめ始めた雅に何を思ったのか、歩みはそのままに質問が飛ばされた。



「そういやもう一人はどうしたんだよ」

「帰りましたとも。サボリです」

「あー…オマエも損な性分な」

「そうなんです、だからもう帰らせてください」

「そりゃ無理だわ。一人で仕事やんのダリー」

先生って何で先生してんですか



 教師にあらぬ発言に、思わず真顔で突っ込む。

 ぴたり。
 いきなり立ち止まった為、後退を継続していた身体は勢い余って褐色の腕から見放された。

 とっと。

 二・三歩下がると、青峰と向き合う形となる。



「っわっと…、先生?」



 見上げた先には何とも形容し難い視線が待ち受けていて、思わず呼吸を忘れた。
 しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間にはいつも通りにニヤリと上がる口角。



「−まあ、やること終わったら飲みもんくらいは奢ってやるよ」

「…うおー、がんばります」



 やる気が湧き出た理由を考えるなり納得して、嬉々と黒髪を揺らした。






頭に降る温度は嫌いじゃないの


(テレビっ子なとこもくそマジメなとこも、何も変わってねーとか)
(あれ、何かこの感覚覚えてる)


おはよう。記憶の海底に眠る、