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「…はあ」



 雅の吐いた溜息は、スーパー独特のざわめきの中に溶け消えた。

 足を踏み入れるなり速攻で離れていった隣の温度に、肩を落とす。
 何をとっても、恋人時代から全く変わらない。
 彼の行き先は理解している為、いつも通りの手順で買い物を進めた。

 しかし、順調に歩んでいた雅の足が、不意に動きを止める。



「…あれはちょっと取りにくいかな…」



 目的の品物が、一番上の棚に収まっているのを恨めしげに見つめた。
 なんだ、身長が足りない奴への当てつけか。

 思わず吐き捨てそうになる配置に、唇をきりりと一文字に結ぶ。
 背伸びをして指先伸ばして、ギリギリ届くか否かの距離。
 昔から、この絶妙な位置が一番嫌いだった。
 明らかに届かなければ割り切って人に頼めるのに、自分で出来る気がしてしまう。

 一瞬で深呼吸を済ますと、気合いを入れて爪先にグッと力を込める。
 続けて腕をめいいっぱい伸ばした、その瞬間。

 雅を含めた周囲に、影が落ちた。



「−…?」



 暗くなった視界に驚く間もなく、聞き慣れた声が降ってくる。



「お待たせー」

「あ、お帰りあつ…何その量!?」

「新発売いっぱい発見ー。カゴん中入れていいー?」

「えぇー全部?…しょうがないなー」

「やったー。さすが雅ちんー」



 長いリーチをお菓子でいっぱいにした旦那の姿にギョッとするが、その長身に反した幼さで頭を横に倒されると、何とも言えない。
 にへりと弛む表情にはついつい抱きつきたくなってしまうのだが、ますます調子にのらせてしまう為、理性総動員で耐える。

 この甘さもそろそろ何とかしなきゃなあ。

 ドサドサとカゴ内へと入れられた商品を本日の財布の中身と照らし合わせて、脳内で計算を済ました。
 ギリギリ間に合いそうだ。
 苦笑いで踵を床へ下ろすと、腕をフリーにした紫原の不思議そうな視線に気付く。

 何かあったかと視線を投げ返すが、形にされた疑問にピシリと笑みを固めた。



「雅ちん、その身長じゃそのコーナーはムリでしょ」

「だまらっしゃい」

「ただでさえ小さいから離れると探すの苦労するしー」

「それはごめんなすって。次からは竹馬にでも乗って行動しましょうか」

「雅ちんは運動もダメじゃん」

「…」

「あ、怒った?ウソウソじょーだんだってばー」



 なんと気遣いの欠片もない返答か。

 こちらがユニークな返しで怒りを誤魔化しているというのに、あちらは真っ向から素でコメント。
 素直すぎる彼の場合は全てが本心だと理解しているため、余計に腹立たしい。

 じょーだんだというならせめて片言直せし。

 無言でぷいと視線を反らせば、わしゃわしゃと髪を撫でられる。
 この動作については、昔に比べれば可愛いものだ。
 頭をかき回される、といった表現が正しかったであろう頃の感触を思い出して、内心で口元を緩めた。



−何一つ変わらない、なんてことはない。

 以前より撫でる手つきが優しくなったのも、抱き付いてくる際の荷重が軽くなったのも、こちらの反応に敏感になったのも。
 時間を共に重ねるだけ、確かに変化は起きている。
 彼なりに、自分の言葉を受け入れて試行錯誤はしてくれているのだろう。

 成長したよなあ、なんてしみじみ睫毛を下げていると、不意に異変が雅を襲った。



「う、っわ!?」



 唐突な浮遊感に、慌てて瞼を押し上げる。
 己の目線より下に移動したターゲット商品に、接地感の消えた足元、脇下に感じる圧迫感と温度。

 背後から抱えられたその状況を把握するのに、時間はかからなかった。



「ちょ、高い高い高いっ目標通り越してる!」

「暴れてないで早く取ってよ雅ちん」

「いやいや、寧ろ敦が取ってくれた方が早いよね!?」

「えー、だってオレじゃあどれとりたいか分かんねーし」

「っはい取った!取ったから降ろして…!」



 流石に、二十歳を超えてからのこの体勢は羞恥心が勝る。
 しかも二メートルを超える長身者だ。
 目立つ上に、高すぎて怖い。

 わたわたと解放しろコールを送るが、中々受信してくれない。



「敦、いい加減に…、」



 痺れを切らした雅が堪らず黒髪を翻すと、斜め上に端正な顔立ちが確認できた。

 身長差のある彼とここまで顔の距離が近付くことは、日常生活上では滅多にない。
 性格のせいで認識されにくいが、彼もお菓子を投げ捨てて黙っていれば、普通に絵になる逸材だ。
 本気スイッチが入った彼を前にしたら、ひたすら惚ける自信はある。

 新鮮なアングルに思わず魅入っていると、ラベンダー色が微かに揺れた。



「…雅ちん」

「な、に」



 いつもとは異なる真剣な眼差しに、酸素を吸うことすら忘れる。
 瞬きすら惜しい、そんな雰囲気。

 時間の感覚が狂ったような世界で、生活の一部と化している音が鼓膜を揺らした。







「−太った?

っ降ろせバカーッ

「じょーだんだってばー」



 だから片言止めろし。

 彼相手に、桃色なオーラなんかを感じ取った自分が憎い。
 商品棚の方向へ戻した頭をがっくりうなだれていると、後頭部に衝撃が走った。
 どうやら頭突きを喰らったらしい。



「…痛いんですが敦君」

「腹減ったー」

「そっか、うん、さっさと会計済ませて帰ろうね」

「ハンバーグがいい」

「………さいですか」



 ストン。

 恋しい地面に足が接地した瞬間に、カートを押してダッシュした。







もういいよ、そんなアナタが大好きだから!

(今のシャンプーの匂いの方が好きかもー。絶対言わねーけど)
(五グラムの変化が分かるなんて侮れない…!)

肉コーナーはどこだ。