◇
−シャレにならない。
物陰から外の様子を覗き見た雅は、あからさまに顔をしかめた。
明らかに敵と断言できる人影が、ざっと見積もっても十以上。
これは暫く動けそうにもない。
家に連絡をとっておくべきかと思案するが、上着のポケットを弄った指先は宙を掴んだ。
携帯を車の中に放置してきたことを思い出して、数分前の自分に往復ビンタでもお見舞いしたい心境に陥る。
「…どうしよっか青峰」
がっくりうなだれながら問いかけると、傍らの温度が気怠そうに空気を揺らした。
「おー、こりゃめんどそうだな」
「もう見るからに。一応聞くけど携帯とかは…」
「あー…置いてきたわ、部屋に」
「どうしよっか私」
期待?ええ初めからしてませんとも。
思わず涙を呑んだ雅は、本格的に肩を落として葛藤する。
この後は予定が入っている。
相手は家としても個人としても大事な、重要人だ。
すっぽかすわけにもいかない。
いざとなったら強行突破でも…。
無意識に力の入った指先から、見かけによらない洞察眼と解釈力で思考を読まれたらしかった。
呆れたようなため息と共に、くしゃくしゃと髪を乱す温度が降ってくる。
「わ!?ちょ…、」
「−まあ、ダリーけどオマエに怪我されても困るか。うるせー奴も多いし」
「え、っまさか一人で行く気?」
「今更何言ってんだよ、主人護んのがボディガードだろ」
「いやいや、青峰が強いのは知ってるけど流石にこの数は…!あ、ほら、まだ相手が何持ってるかも分かってないし。赤司あたりが異変に気づいて応援寄越してくれるかもしれないし。せめてもう少し様子見てからでも…」
必死に止めようとする雅に、柄にもなく緩く口元を崩した。
雇われている身として、主人に尽くすのは当たり前。
それなりのリスクも当然覚悟している。
しかし、本日自分に任せられたこのお嬢様はそれを良しとはしないらしい。
自分達の身体能力の高さを評価しながらも、身内として大切に扱ってくれる雅だからこそ、他の人間もベストを尽くして護ろうとするのだ。
勿論、青峰も例外ではなかった。
服の裾を捉える震える白い手首を掴むと、車の鍵を握らせる。
流石に落とすとやべーからヨロシク。
上着まで脱いで完全に戦闘モードに入っている彼に、再び手をのばした。
「青峰…!っぷ」
「ハイハイ、10分もかかんねーから心配すんなって。ちょっくら行ってくるわ、大人しく隠れてろよオジョーサマ」
いきなりバサリと視界を覆った漆黒に、一瞬呼吸を忘れる。
慌てて被せられた上着を頭からはぎ取ると、額に軽い衝撃。
髪をぐしゃぐしゃにした上に今度はデコピンときた。
呆気にとられる雅にニヤリと笑みをひとつ見せつけた青峰は、ヒラリと木箱を飛び越えた。
そんな私は傍観者
(護られてばかりで、見るのはいつだって貴方の後ろ姿)
(オマエは笑ってりゃそれで十分だ)
ういんたー、おいでまし。
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