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 自分の心臓の音が、空気を通してすべてに伝わってしまいそうだ。
 乱れる呼吸を必死に整えながら、周りの様子を探ろうと身を乗り出す。
 しかしその瞬間に、ふわりと温度が背中から腹部を覆った。



「…そこ、危ないぞ」

「−、赤司?」

「全く、目も離せないな。活発なのは魅力のうちだが、危険に自ら身を投じるのは感心しないね」



 首をくるりと回すと、数秒前に視察に動いた筈の赤司が既に背後に控えている。
 雅を後ろから抱き留めたまま、やんわりと彼女を木箱から引き離した。



「えっと、なんて言うか…早かったね。周りの状況は分かった?」

「あまり一人にもしておけないからね。状況としてはあまりよくはない。完全に囲まれている」

「んー…ただの買い物のつもりだったのに。…手間掛けさせてごめんね?」

「謝ることではないだろう。原因はキミではなく、キミの持つ肩書きだ。何も責任を感じることはない」

「私が家でじっとしていれば、こんな面倒はないのに?」



 今の状況を作り出したことに責任を感じているのか。
 拗ねたように地面に視線を縫い付ける雅の耳に、緩やかな振動が侵入する。



「−主は自由に動くべきだよ。その意志も含めて護るのが、俺達の仕事だ」



 反射的に焦点を跳ね上げれば、真っ直ぐ微笑む瞳とぶつかった。
 反らしたいけど反らしたくない。
 矛盾と葛藤を生み出す彼の双眼が、一番苦手で最高に好きだった。



「赤司、…信じてるね」

「勿論、俺が隣にいる以上は無傷でいてもらわなくては。−さて、とりあえずここは合流するのが確実かな」



 そう言うや否や、いつの間に取り出したのか、携帯を操作し始める。
 仲間の位置を確認するのであれば、赤司の他に自分専属としてつけられている他の五人の誰かだろう。

 しかし本日も含め、目立つのを嫌う雅が毎度外出時にお供させるのは1人だけ。
 渋る父親を泣き落としで丸め込め、その日の担当以外は家で待機となっている筈だ。
 赤司はやたら簡単そうに言うが、自宅から現在地まではどれだけ急いでも一時間以上はかかる。
 
 ぐるぐると思考を回す雅の傍で、確認を終えたらしい彼が満足げに頷いた。



「−うん、近くに青峰と紫原がいるね

なんで!?

「こういう緊急事態用に予備軍は必要だろう。今回の選出は大当たりと言っていい。二人ともバトルは得意分野だ」

「いや、その二人が戦闘得意なのは分かるけど…え、もしかして今までも予備軍とやらがついてきてたの?」

「用心するに越したことはないさ。まあ、黒子以外は悪目立ちするんだが…キミが気づいてないなら問題ないか。彼らと合流するよ。もう少し頑張れるか?」

「…あいあいさー」



 何だか聞き逃せない台詞もいくつか混じっていた気がするが、ここは突っ込まずにやり過ごすことを選択する。
 差し伸べられた手をとると、低めの体温が肌から浸透した。
 やはり安定の安心度。

 強く握って、密やかに笑みを零した。







少しだけ、ほんの少しだけ早かった


(ちょっと落ち着こうか心臓。これはその、スリル的なあれだから、うん)
(傷付けはしない。それが俺の意志で、意義でもある)


脈打ち、しっそう。