◇
自分の心臓の音が、空気を通してすべてに伝わってしまいそうだ。
乱れる呼吸を必死に整えながら、周りの様子を探ろうと身を乗り出す。
しかしその瞬間に、ふわりと温度が背中から腹部を覆った。
「…そこ、危ないぞ」
「−、赤司?」
「全く、目も離せないな。活発なのは魅力のうちだが、危険に自ら身を投じるのは感心しないね」
首をくるりと回すと、数秒前に視察に動いた筈の赤司が既に背後に控えている。
雅を後ろから抱き留めたまま、やんわりと彼女を木箱から引き離した。
「えっと、なんて言うか…早かったね。周りの状況は分かった?」
「あまり一人にもしておけないからね。状況としてはあまりよくはない。完全に囲まれている」
「んー…ただの買い物のつもりだったのに。…手間掛けさせてごめんね?」
「謝ることではないだろう。原因はキミではなく、キミの持つ肩書きだ。何も責任を感じることはない」
「私が家でじっとしていれば、こんな面倒はないのに?」
今の状況を作り出したことに責任を感じているのか。
拗ねたように地面に視線を縫い付ける雅の耳に、緩やかな振動が侵入する。
「−主は自由に動くべきだよ。その意志も含めて護るのが、俺達の仕事だ」
反射的に焦点を跳ね上げれば、真っ直ぐ微笑む瞳とぶつかった。
反らしたいけど反らしたくない。
矛盾と葛藤を生み出す彼の双眼が、一番苦手で最高に好きだった。
「赤司、…信じてるね」
「勿論、俺が隣にいる以上は無傷でいてもらわなくては。−さて、とりあえずここは合流するのが確実かな」
そう言うや否や、いつの間に取り出したのか、携帯を操作し始める。
仲間の位置を確認するのであれば、赤司の他に自分専属としてつけられている他の五人の誰かだろう。
しかし本日も含め、目立つのを嫌う雅が毎度外出時にお供させるのは1人だけ。
渋る父親を泣き落としで丸め込め、その日の担当以外は家で待機となっている筈だ。
赤司はやたら簡単そうに言うが、自宅から現在地まではどれだけ急いでも一時間以上はかかる。
ぐるぐると思考を回す雅の傍で、確認を終えたらしい彼が満足げに頷いた。
「−うん、近くに青峰と紫原がいるね」
「なんで!?」
「こういう緊急事態用に予備軍は必要だろう。今回の選出は大当たりと言っていい。二人ともバトルは得意分野だ」
「いや、その二人が戦闘得意なのは分かるけど…え、もしかして今までも予備軍とやらがついてきてたの?」
「用心するに越したことはないさ。まあ、黒子以外は悪目立ちするんだが…キミが気づいてないなら問題ないか。彼らと合流するよ。もう少し頑張れるか?」
「…あいあいさー」
何だか聞き逃せない台詞もいくつか混じっていた気がするが、ここは突っ込まずにやり過ごすことを選択する。
差し伸べられた手をとると、低めの体温が肌から浸透した。
やはり安定の安心度。
強く握って、密やかに笑みを零した。
少しだけ、ほんの少しだけ早かった
(ちょっと落ち着こうか心臓。これはその、スリル的なあれだから、うん)
(傷付けはしない。それが俺の意志で、意義でもある)
脈打ち、しっそう。
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