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 空を見上げると、漆黒に灯台の白が酷く映えた。
 自分の吐く息の白さに目眩すらする。

 こんなにも悔しい思いをしたのは、いつぶりだったか。
 元々負けず嫌いなのは自覚しているし、態度にこそ出さないものの、こんな気持ちは何度も体験してきている。
 ただ、今回は色々な感情や事柄、思い入れがいつもよりも混ざりすぎた。

 色の分別ができず、頭の中が暗色に塗りつぶされていく。
 同じ心境であろうチームメイトを脳裏に浮かべては、また白を空気に溶かした。



 今日は流石に慰められなかったなー。



 しかも彼の場合は、相手が中学時代のチームメイトだ。
 自分には計り知れない、より複雑な想いも上乗せされていることだろう。
 とりあえずは己がまず精神の平和を取り戻さなければ話にならない。



−不意に、持ち前の広い視野の中に人影を捕らえる。



 こんな心情時だ。
 余裕があるはずもなく、他人であれば普通にスルー。
 しかし生憎、日常的には1・2を争う順位で気にかけている存在であることに、気付かざるを得なかった。

 暗闇に溶け込んでいるとはいえ、自分が見間違えるはずもない。



「…雅ちゃん?」



 数メートル先の人影に呼びかければ、控えめなソプラノが空気に浸透した。
 灯台の光に当たる位置まで近づくと、その姿がぼんやりと浮かび上がる。



「こんばんは」

「奇遇だねー…じゃなくて!今何時か分かってる!?」



 彼女にあたるであろう少女に、ぎょっとした声をあげた。
 普段であれば両手放しで喜ぶところだが、現状では話は別だ。
 時計を確認するまでもなく、女の子が一人で出歩く時間帯ではない。

 今までの思考を全部吹っ飛ばして駆け寄ろうとするが、その回路すら繋げさせてもらえなかった。



「とりあえず送、って何してんの!?」



 突如、横の石の塀に足をかけ始めた雅に突っ込みながら、脳からの指令を全力疾走に切り替える。

 彼女の運動神経は承知の上だ。
 体育の時間に平均台から落ちた事件は記憶にも新しい。
 一歩目を降り出した瞬間にバランスを崩すという破滅的記録を知っている身としては、当然の反応と言えた。

 そんな高尾を余所に、当の本人は危なっかしくも上がり終え、まさに一歩を踏みだそうとしている。



「ちょ、マジで!?シャレになんねーからっ」

「あ!…っ、」

「どっわ!」



 どさ。

 想像より軽い音だったのは、雅が塀の上に留まっているからだろう。
 寸前で前方に滑り込んだ高尾が抱き留めるより早く、彼女の両腕が彼の首元にのびた。
 手っ取り早く言えば、高い位置から被さるように抱きつかれた状態だ。

 あまりの躊躇のなさに、もしや初めからこの体勢にもっていくつもりだったのかともよぎるが、普段の雅の性格と照合させるなりナイナイとその説を追い払う。
 手を繋いだだけで挙動不審になる彼女がこんな大胆な行動ができるか。
 答えは否だ。

 瞬時にそう結論付け、未だに沈黙を守る雅の頭に右手を回した。
 右肩に位置する真ん丸いそれにぽんぽんと手を置くと、じんわりと温度が伝う。



「…オイオーイ、かなり危機一髪なんですけど雅ちゃん?」



 相変わらず心臓暴れっぱなしだってコレ一体いつ休めるのオレの心臓。

 毎度シチュエーションや理由は違えど、テンポを速められていることに変わりはない。
 個人的にはそれも悪くはないのだが、とりあえず自分の目の届かないところでの無茶だけはしないでほしい。
 そんな気持ちを十二分に孕ませて、軽い口調で宥めた。

 数秒の間を空けて、殆ど距離のないような位置から「ごめんね、」と揺れるソプラノが酸素に紛れ込む。
 顔が高尾の肩口に押さえつけられたままであったため音は殆ど布に吸い込まれるが、鼓膜を刺激するには十分だった。
 普段から電話を好まない雅の声を、こんな近距離から取り入れる機会など滅多にない。

 新鮮さに無意識に聴き入る高尾に対し、彼女の言葉は継続する。



「…高いところに上らないと、体勢的に高尾君が…しんどいと、思って」

「ぶは!」



 ぽつりぽつりと届いた控えめな解説に、思わず吹いた。
 照れの強い女の子が進んでスキンシップを試みてくれるだけでも十分嬉しいというのに。
 気遣い屋の雅らしい考えだ。

 同時に、その台詞の意図に気付いた高尾はひとり悶える。
 危険を承知しながらもわざわざ高い位置に身を置いたのは、やはり初めから目的があったらしい。
 そしてもしも上る場所がなかった場合は、小柄に分類される彼女は下からでも懸命に手を伸ばしてくれたことだろう。



 え、何そのおいしい状況そんなのいくらでも屈むって。



 零れそうになる本音を寸前で押し込んで、微かに震える華奢な肩に視線を落とした。
 彼女がこんな時間に、いるかも分からない曖昧な確信の中自分に会いに来てくれた。

 その原因なんて、確認する必要もない。






「−お疲れさま」





 たった一言。

 そこに込められた溢れんばかりの色に、胸の内側が染められていった。







君は俺専用特効薬


(あーもう、今までとは別の意味で泣きそうなんだけど)
(気の利いた言葉なんてかけられないけど、傍にはいさせてね)


いたいのいたいの、とんでゆけ。