×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 笠松は足を止めた。
 サンサンと太陽が照り付ける中、水分を求めて自動販売機へと向かえば、既に先客。



「あぁああ…」



 屈んで商品取り出し口とボタンを見比べあたふたとしている様子から察するに、明らかに何かしでかしたのだろう。
 全くの他人であれば普通に声を掛けるところだが、生憎そうではなかった。
 見覚えのある後ろ姿に、溜め息混じりに近付く。



「何やってんだよオマエは」



 呆れた表情でペシリと軽く頭を叩くと、跳ねた癖毛が揺れた。
 振り返った顔がみるみるうちに輝く。



「笠松せんぱいじゃないですか!奇遇ですねぇ」



 パアっと花が咲くような笑顔を見せた後輩に微かに笑うと、その手元を覗き込んだ。



「で、何しでかしたんだよ?」

「あー実はですね、ボタン押し間違えちゃったんですよ」

「ああ」



 眉をハの字にして掲げられたソレに、納得する。

 雅の手に収まるのはトマトジュースだった。
 トマトが嫌いな者は勿論、好きな者にもあまり好まれない飲み物だ。
 確か、彼女も苦手だったはず。
 相変わらず手のかかる奴だと頭をかくと、笠松は雅の手からトマトジュースを奪い、代わりに自動販売機に小銭を投入した。



「へ?」

「交換してやるよ。どうせ飲めないだろーが」

「せんぱい…!」



 キラキラした視線から逃れるように顔を反らし、早く選べと急かす。
 恩にきます!と両手で握ってブンブン振られた左手が微妙に痛い。
 ガタン。
 商品が落ちる音がして、彼女が取り出し口から出した物をチラリと見た笠松は固まった。



「ってオイ」

「?何ですか?」

「…オマエ、今度は間違えてねーだろうな?」

「はい!お陰様で今度は欲しいものが買えました!」



 嬉しそうにニコニコする雅の手には、野菜ジュース。
 ピシリと青筋が浮かぶ。



「トマトジュースとどう違うんだよ!?」

「大違いですよ!いいですか、このトマトジュースには」



 いきなり立ち上がってぐいと顔を近付けてくる雅に、思わず退いた。



「リンゴが入っていないんです!」



 拳片手に言いきられた言葉に一瞬頭が真っ白になり、次の瞬間にはプツリと何かが切れる。
 ぐるんと自動販売機の方向を向くと、顔を彼女に向けたままソレを指差して叫んだ。



「そんなにリンゴが好きならリンゴジュースでも買えばいいだろうが!!」

「…………そうですね」

馬鹿だろ



 たっぷり間をとって納得した雅に、笠松は疲れたように額に手をやる。
 何故そういう結論に至れないのか。

 学年一の頭脳とあろう者が、聞いて呆れる。
 前回貼り出されたテスト結果を思い出し、あれは幻覚だったのだろうかと本気で考えた。
 一位に彼女の名前があるのはどう考えても可笑しいだろう、と。
 雅は賢いが、利口ではなかった。
 天然を越して阿呆だ。
 ううーと唸りながら野菜ジュースと睨めっこしている雅を横目に、本日二回目の溜め息を溢す。



「とりあえず移動すっぞ、こんなとこにつっ立ってたら迷惑だろーが」

「あ、はい!」



 少し離れた場所にベンチを見つけ、そこに向かった。
 パタパタと着いてくる雅に小動物を重ねながら、笠松はベンチへとありつく。


「笠松せんぱい今日は何か用事ですか?」


 シャカシャカ缶を振って首を傾げる雅に、笠松は開けたトマトジュースに口を付けながら視線を向けた。



「あー、特に用事はねぇな。家にいんのも暇だから適当にぶらついてただけだよ」

「じゃあ折角会ったんだし暫く話しません?」

「オマエも暇だな」

「はい!暇すぎて蜂の巣でも探しに行こうかと思ってました」

洒落になんねーよ



 彼女が言うと冗談に聞こえない。
 顔を引き攣らせ、会えて良かったと心底思った。
 このお転婆マネージャーが怪我でも負えば選手達にもダメージだ。
 プシっと音がして、雅も口を付け始めたのを見て疑問を抱く。



「美味いのか?」



 トマトジュースを飲めない奴が、野菜ジュースを美味しく頂けるのだろうか。
 先程の様子を思い出しながら眉を寄せるが、雅はニコっと笑った。



「意外に美味しいですよ。飲みます?」

「…いや、遠慮しとく」



 躊躇もなく飲み掛けの缶を差し出してくる彼女に、何とも言えない表情で視線を反らす。
 個人差は激しいだろうが、異性と回し飲みが出来たのなんて小学生低学年までである。

 意識している相手なら尚更、だ。

 本人に自覚はないだろうが、明るくて人懐っこい雅は部内でも人気が高かった。
 笠松もそんな彼女に好意を抱いている一人であり、その鈍感な振る舞いに苛立つことは少なくないのだ。
 他の奴にもこんなノリで回し飲みを勧めているのかと思うと気が気じゃない。
 黄瀬辺りなんて喜んで受け取りそうだ。
 彼氏でもない自分にこんなことを言う権利がないのは知っているが、考えれば考える程腹立たしい。


 突如、雅の顔が視界一杯に広がった。



「!な、」

「…聞いてます?」

「あ、いや…悪い」



 完全に意識が飛んでいたらしい。
 覗き込むようにして見上げてくる雅は、不満げに頬を膨らませた。



「珍しいですね、ぼーっとするなんて」



 暑さにやられました?

 少し心配そうな声色を混ぜながらも、身体を元の位置まで戻した雅にホッとする。
 心臓に悪いことこの上ない。
 普段なら人と話している時に上の空になることなんて絶対しないのに。
 心の中で軽く舌打ちすると、もう一度謝って続きを促した。



「何でもない、悪かったな。で、何だって?」

「もーちゃんと聞いて下さいね」



 むぅっとすねた表情のまま釘を刺す雅に頷くと、温くなってきたトマトジュースに再び口を付ける。
 ますますドロリとしたその食感に少し顔を歪めて、一気に飲み干してしまおうとラストスパートをかけた。

 それが、災いした。
 雅の声が鼓膜を震わす。



「笠松せんぱい」



 音より先に、唇の動きだけが脳に刻まれた。








「―結婚しません?」


「ぶ…!」



 脳で理解するより早く、身体が反応する。
 瞬間にむせる喉。
 ポタポタ落ちる赤に、止まらない咳。
 第三者が見たら明らかに焦るであろう光景だ。

 隣であわわわときょどる雅の姿を捉えながら、笠松は状況を整理した。

 コイツは今何を言った?
 結婚?漢字変換ミスか?
 けっこん、血痕…んなアホな。
 しませんか、に繋がんねぇ。
 けっ、こん。けつこん。け、けっ…。

 いよいよ思考回路がパンクしようとした時に、真っ白なハンカチが伸びてきた。
 レースが綺麗に施されたソレに赤が付くのを見て、反射的に彼女の手首を掴み顔を背ける。



「ッげほ…いい。汚れるだろーが」

「全然構いませんよ。それよりすいません、順序間違えました」

「あ?」


 
 結局ハンカチは退け、自分の腕で口元を拭きながら笠松は視線を戻した。
 やっぱり間違いかよ。
 少し残念なような、安心したような、複雑な気持ちで雅を見る。

 目が合った彼女は最高の笑顔で笑った。



「友達から宜しくお願いします!」



 空になった缶が手から滑り落ちる。


 それも違ぇ…!!!








トマトジュースで吐血




(待ってたら他の人に拐われちゃいそーですもん)


(順序どころかまず立場が逆だろ。オレから言うまで待っててくれ頼むから)



情熱の赤。




(お題配布元:てぃんがぁら様)