×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


「うお、何だコレ!」


 資料を腕一杯に抱えた小金井と水戸部の前には、空段ボールの山が立ち塞がっていた。
 狭く薄暗い資料室いっぱいに積み上がる段ボールは、綺麗に並べられているわけではない。
 舞い上がる古臭い埃とすっからかんの棚が、崩れた結果だということを物語っていた。


「水戸部、これはどうするべきだと思う?」

「…」


 空笑いで質問を投げ掛けられ、水戸部は少し眉を下げる。
 どうするもこうするも、段ボールを片付けなければ頼まれた資料を戻すこともできない。
 幸いにも授業は全て終了しており、後の予定が詰まっていないことが救いだろうか。
 水戸部は資料をその場に寄せて置くと、段ボールの山へと近付いた。


「うーん…やっぱそれしかないよなー」


 ガックリ肩を落としながら小金井も続き、段ボールに手を掛ける。
 よ、っと一つどけた瞬間に、『ソレ』は姿を現した。
 暫くそれを見つめたのち、小金井は目を擦る。


「…え?」



―手だ。

 彼の視線の先には、小さく白い、女子のものであろう手あった。
 勿論、マネキンなんてオチではないだろう。

 マネキンの手が絆創膏だらけであるはずがない。
 そして手だけが此処から生えているわけが、ない。

 働かない頭でそこまで行き着くと、小金井は段ボールに手を掛けながら叫んだ。


「水戸部ぇえ!人が埋まってるー!」

「!」


 その声に慌てて寄ってきた水戸部は、その絆創膏だらけの手を見た瞬間に目を見開くと、物凄いスピードで段ボールを退け始めた。
 彼の俊敏さに驚きながらも、小金井も負けじと作業を進める。
 数十秒もしないうちに、活発そうなツインテールが姿を見せた。


「ちょ、大丈夫かー!?」


 肩を叩いて呼び掛けると、ピクリと頭部が上がる。


「ふぁい…何とか、無事ですー…」


 おっとりしたソプラノが耳を霞めた。
 意識があったことに、二人は安堵の息を吐く。
 しかし、いくら空の段ボールとはいえ、ここまで積み重なっていれば負担がないとは言いきれない。
 急いで残りの段ボールも退けなければと作業を再開しようとするが、そんな小金井の視界を、影がよぎった。


「え、水戸部?」


 スイとしゃがみ込んだ水戸部は目を丸くする小金井に構わず彼女の腋窩に手を差し込むと、そのまま引っ張り上げる。
 段ボールが崩れ、ふわりと少女の身体が浮いた。
 彼女は思った以上に小柄だった。
 それを長身の水戸部が持ち上げているその図は、まるで最愛の娘を高い高いしている父のようである。
 その体勢のまま心配そうにオロオロする水戸部だったが、その心配は杞憂に終った。


「…ふはー。助かりましたーさすが水戸部せんぱい」


 ニコッと笑顔を見せた少女に微かに微笑んで、その身体をそっと降ろす。
 しかし、その言葉に疑問をもったのは小金井だ。


「ん?もしかして知り合いだった?」

「…」


 迷いもなくコクリと頷く水戸部の横で、ツインテールが大きく揺れる。


「飴凪雅です。水戸部せんぱいには色々お世話になってるんですよー」


 雅は下げた頭を上げると、そのゆったりした口調からは意外な、活発そうな笑顔を見せた。


「なるほどな。俺は小金井」

「初めまして、小金井せんぱい」


 小金井の自己紹介を受け握手を交した後、小動物のような印象を受ける彼女は、少し申し訳なさそうに眉を下げる。


「すいません、段ボールを一つ取ろうとしたら全部おってきちゃったんです」

「ああ」


 小金井はその言葉に納得したように頷いた。
 確かに勝手にこの大惨事にはならないだろう。
 小柄な彼女では下から引き抜くしかないだろうから、それも仕方のないことだ。
 
 しかし、と小金井は再び室内を見渡す。

 一つ引き抜いただけで棚から全ての段ボールを落とすなんて、余程引きが悪いのか、不器用なのか。
 先程から目につく手の絆創膏から考えると後者の可能性が高いだろう。
 とにかく、放っておけないタイプだということは一目瞭然だった。
 水戸部と知り合いなのにも納得がいく。
 面倒見のいい彼は、恐らく彼女のようなタイプと相性がいい。

 小金井はニッと笑うと、雅の肩を軽く叩いた。


「気にすんなって!とりあえずこれ片付けちゃおうぜ」

「え、でも」


 見た目通り、顔にでるタイプらしい。
 手にとるように分かる、というのはこういう事を言うのではないだろうか。
 助けておいてもらっておいて更に片付けまで手伝わせるなんて、と、そこまで思考が読めた。
 大した表情の豊かさだ。
 思わず笑ってしまった小金井に首を傾げた雅だったが、不意に温かいものが頭に乗った。
 誰か、なんて見なくても分かる。


「水戸部せんぱい?」


 見上げれば、やはりいつものように優しく微笑む水戸部がいた。
 ポンポン、と軽く雅の頭を叩くと、屈んで段ボールを積み上げ始める。
 視線を戻せば、小金井も作業に入っていた。
 暫くその光景を見ていた雅だったが、次の瞬間にはとびきりの笑顔を見せる。


「有難うございます!」

「おう!」

「…」


 返ってきた二つ分の笑顔を見届けたのち、雅も作業に加わった。






―次の日

 退屈な授業を終え、小金井と水戸部は共に部活へと向かっていた。


「ん〜…」


 小金井は腕を天井へ向け、猫のように伸びをする。
 隣の水戸部も少し眠そうだ。


「そういや雅ちゃん、今日は何もやらかしてねーかな」

「…」


 思い出したように言った小金井の言葉に、水戸部は一拍置いて小さく首を振った。
 それで全てを察する。

 そうか、あれはやっぱ日常茶飯事なのか。


「はは、じゃあ今日も…」


 笑って言い掛けた、その時だった。


『ふわー…!』

「「」」


 昨日聞いたばかりのソプラノが二人の耳に届く。
 無言で声が聞こえた窓際に近付くと、下の方に、活発に揺れるツインテールが見えた。
 それと同時に目に入る、今にも崩れそうなノートの山。
 支える彼女の手がプルプルしている時点で、危なっかしいことこの上ない。
 周りに人の気配もなく、何とか絶妙なバランスを保っている山が崩壊するのも時間の問題だろう。


「っ…」


 隣で息を呑む気配を感じ、小金井は笑った。
 これは水戸部が構う筈だ。
 自分も思わず助けに行きたくなる気持ちをグッと抑え、オロオロしている彼の背中を叩いた。


「遅れるって伝えとくぜ」

「!」


 少しだけ目を見開いて、彼らしい微笑みを見せたのち、水戸部は背を向ける。
 その背中が見えなくなると、小金井はやれやれと口元を緩める。

 水戸部も中々退屈しない子に惚れ込んだもんだなー。

 感情豊かな少女を頭に浮かべ、ほのぼのしながら部活へと足を運んだ。


「ん、水戸部は?」

「ヒーローになって飛んでった」

「はあ?」


―きっと今頃は校内デート中だろ。






あの子が助けを呼んでいる



(誰よりも速く、君の元へ)


(せんぱいには困ってる人レーダーでもついてるんですか?)



まるで磁石のNとS。




(お題配布元:mikke様)