×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


 ガヤガヤと、人が行き交う。

 クレープ屋の前の行列、ピエロから風船を受け取る子供。
 数分前と同じベンチで、雅はやはりぐったりしていた。
 隣の青峰が呆れたようにその首筋にジュース缶を当てる。



「冷た!?ちょ、冷たいんですけどっ」



 思わず反応する雅の睨みを受け流し、馬鹿にしたような視線を返した。



「オマエ、バカだろ。絶叫系ダメなくせに誘うんじゃねーよ」

「うぅ…」



 お化け屋敷の二の舞だ。
 デジャウに顔をしかめる雅を横目に、青峰は缶のプルタブを上げる。

 雅の異変に気付いたのは、乗り込んでシートベルトを着用した辺りだった。
 並んでる間は途切れる事のなかった声が聞こえなくなったのに違和感を感じ、青峰がその顔を覗き込むと、真っ青な雅と目が合う。



「あはは、どーしよ青峰…」



 そういえばとある事に思い当たった青峰がピクリと眉を動かすと、ひきつった笑みが返ってきた。



「―私、…絶叫系ダメだった

「おー、相変わらずバカの極みだな

「あ、青峰にそんなこと言われる筋合いは、…にッ



 ガタン。

 雅の日本語はそこまでだった。
 そこから耳を貫き突き続けた隣からの奇声を思い出し、青峰はペシリと雅の頭を叩く。



「いったあ…いきなり何よぅ…」



 まだ気分の悪さが抜けないのか、涙目の雅がキッと見上げてきた。

 そういや出会った時もこんな顔で睨んできたんだっけなァ。

 懐かしい記憶を引っ張り出しながら、もう一発お見舞いしてやる。
 ここで黙っているような女なら、相手になんかしなかった。
 次の瞬間思いきり飛んで来た手にニヤリと笑い、片手で軽々と止めた青峰は、さっきまで飲んでいた缶ジュースを雅の口に押し付ける。



「む…!」

「飽きた」



 後ヨロシク。

 詫びれもなくそう言ってのける青峰にジトリと目を据わらせながらも、雅は大人しく飲み始めた。
 ちょうど喉が渇いていたところだ。
 シュワシュワと炭酸が舌の上で弾ける。

 うまー。

 さっきの不機嫌が嘘のように顔を綻ばす雅に、相変わらず楽しいくらい単純なヤツだと視線を送った。
 そんな青峰の視線に気付くことなく、雅の視線は次のターゲットを捉える。

 目に入ったものに、何か閃いたかのように瞳を輝かせた。
 炭酸にむせそうになりながらも急いで飲みきると、空き缶をゴミ箱に投げ入れて勢いよく立ち上がる。

 カコン。

 小気味のいい音を聞き流しながら面倒臭そうに雅を見上げた青峰は、その視線の先にあるものにあらかさまに眉をしかめた。

 いやいやまさか。

 いくらバカでもあれはないだろうと軽く目を反らすが、力強くとられた腕に視線を戻す他なかった。
 雅はそんな青峰に対して、満面笑顔で次の指示を出す。



「青峰青峰!次あれで!」



 彼女の指差すものを見て、やはり先程の自分の推測は合っていたのだと確信した。

 指の先には、この場所では誰もが一度は目にしたことがあるであろうもの。
 そして、対象が結構な割合で限られる乗り物だった。
 目がチカチカするのを押さえ露骨に眉をしかめた青峰は、嫌でも視界に入る遊園地名物の一つ―メリーゴーランドを遠い目で見つめた。



「…ホントに何しにきたのオマエ?



 完全にトーンの落ちた声に流石にふざけすぎたと直感したのか、雅はガックリ肩を落とす。



「んー…流石にあれは無理か」



 あわよくば青峰が馬に乗っている姿でも写メに納めてやろうと思ったのだが、彼を怒らせるなんてリスクを冒してまでやることでもない。

 でもやっぱちょっと見てみたかったなぁ。

 心底落ち込む雅を何か考えるように見つめたのち、青峰は不意に唇の端をつり上げた。



「…構わねーよ?」

「ええ!?あれ、どっかで頭打った…?」



 思わず心配そうに青峰の額を触るが、その瞬間腰を引き寄せられ、ツイと顎を持ち上げられる。



「ほー、こんなとこでおねだりなんて大胆じゃねーの」

「なんでそうなる!?」

「冗談だよ」

「青峰が言うと冗談に聞こえないんだけど!?」



 口元をひきつらせながら精一杯の力で胸を押し返すが、やはりビクともしなかった。
 そんな様子を一頻り楽しんだ後あっさり雅を解放し、慌てて体勢を立ち直した彼女を見上げる。



「で、どーすんだよ」

「ホントに乗ってくれんの?」

「高くつくけどな」

「やったー!」



 意味ありげな言葉に多少首を傾げるが、馬に乗る青峰が見れるという誘惑には勝てなかった。
 一瞬で顔を明るくすると急かすように青峰をベンチから立たせ、その腕を引っ張る。
 といっても、どれだけ雅が速く進んだところで青峰のマイペースは変わらなかったが。

 目的地に着くと、係の女性が微笑ましげに二人を見送った。



「わああ久しぶりかも!」



 中に入るなり一頭一頭を眺め回る雅は、完全に自分の世界に入っている。

 久しぶりっていつまで乗ってたんだよコレに。

 軽く突っ込みながらも後を付いていくと、どうやらお気に入りが見付かったらしかった。



「〜んー…!!」





 しかしよりによって一番高い位置に止まっている馬に目をつけたらしい。
 一生懸命よじ登ろうとしているが、小柄な上にあまり身体を動かすのが上手とは言えない雅にはキツイものがあった。



「オイオイ、何でわざわざんな難易度高ぇの選ぶわけ?」

「これが、よっ…いいんだってば!」

「ほー」



 暫く彼女が葛藤する姿を面白そうに見学していた青峰だったが、そろそろ人も集まってきている。

 このまま見てんのもいーけどなァ。

 ポケットに手を突っ込んだまま雅のすぐ後ろまで移動すると、少し屈んで耳元で囁いた。



「1カウント追加で手打ってやる」

「?何言って…、わあ!?」



 謎の言葉に反射的に振り向くが、その瞬間身体がぶわりと宙に浮く。

 トン。

 お尻が硬い無機質な物質と接触すると同時に、腹部と背中から離れる温度。
 青峰が自分を腹部から抱え上げ馬に飛び乗ったのだと理解したのは、その長い足が再び地面に着いたのを見た後だった。
 雅を馬の上に降ろしてから飛び降りた青峰は、いつもの気だるげな表情で彼女を見上げる。



「おー何か新鮮な眺めだわこれ」

「結構経験してるアングルだと思うけど」



 彼が寝ている所を起こすのが日常な雅から見れば、慣れた景色だ。
 すかさず返すが、その頬はうっすら赤い。

 ちきしょう軽々と持ち上げやがって。

 いくら雅が小柄とはいえ、人一人を抱えて高い位置に飛び乗るなんて誰もができることではない。
 思わずときめいた自分を誤魔化すように視線を外した雅をよそに、青峰は隣の馬車へと腰を落ち着けた。
 
 それを見て、やっと本来の目的を思い出す。



「ああ!何で馬車!?馬乗んないの!?」

「あ?んなダッセーの乗れっか」

「ダサいとは何だダサいとは!全国の夢一杯のちびっこ達に謝りなさい!」

「お、動くみてぇだぜちびっこ」

「誰がちびっこ!?てか無視すんなっ」



 雅の声をシャットダウンするように、青峰は目を閉じた。

 両腕を背もたれに掛け、窮屈そうに組んだ足を向かいの座席に伸ばす。
 暫くギャアギャア文句を言っていた雅だったが、無駄だと察したのか次第にそれもなくなった。
 やっと落ち着いたかとさりげなく瞼を上げ視線を向けると、何とも楽しそうに景色を眺めている雅の姿。

 やっぱガキじゃねーか。

 クツリと喉を鳴らして、青峰は再度瞼を伏せた。






「はー、楽しかった」



 窓の外は完全に日が落ち、遊園地独特のイルミネーションが輝いている。

 そんな景色に目をやりながら、雅は観覧車の中で機嫌良さげに笑みを溢した。
 結局あれからも色々回り、何だかんだで青峰は全てに付き合ってくれた。
 少し不気味に思いながらも、感謝の言葉を向ける。



「青峰、今日は付き合ってくれてありがと」



 その言葉に欠伸を噛み締めていた青峰が顔を上げた。



「満足かよ?」

「お陰様で!」



 にこ。

 雅が無邪気に笑ったのを合図に、青峰の雰囲気が変わる。



「じゃあ次はオマエの番だな」



 いきなり愉しげに唇を歪めた青峰に、嫌な予感を感じる暇もなかった。

 グイッ。

 唐突に腕が引っ張られたかと思うと、次の瞬間には後頭部にまで手が回り、あっと言う間に引き寄せられる。


 気が付けば、口での呼吸手段は奪われていた。



「!っ…〜」



 あまりの早業に頭が追い付かず、必死に残った方の手で苦しさを訴える。
 それを疎ましそうに見やると、青峰はやれやれといった様子で唇を離した。



「っ…ッ」

「んだよ?」



 勢いよく入ってきた酸素に咳込みそうになるのを抑えながら、呼吸を整える。
 ゼェゼェと肩で息をしながら、恨めしそうに青峰を睨み上げた。



「それはこっちのセリフ!いきなり何ですか!」



 興奮しているせいか何故か敬語混じりの抗議が、狭い空間に響く。
 しかしながら、それに対しての答えが返されることはなかった。



「あと18回」

「はい!?」



 ボソリと呟かれた単語にギョッとするが、目の前の男は構わずといった調子で再び強引に雅から酸素を強奪する。



「〜…っちょ、タンマ!」

「だから何だって」

「アンタ絶対人の話聞いてないよね」



 羞恥心と怒りで顔を真っ赤に染めながらもう一度説明を求めると、そしらぬ顔であっけらかんと答えた。



「高くつくって言ったろーが」



 その台詞に、雅の中でいくつかの場面が甦る。



『高くつくけどな』

『1カウント追加で手打ってやる』

『こりゃ3カウントってとこか』





 あれかあぁあああ…!!

 リアルに再生された企みを含んだような声と笑みに、頭を抱え込む。

 やはりこの男がただで付き合ってくれるわけがなかったか。

 自分の甘さを叱りながら、何とか逃れようと身をよじる。
 勿論青峰の事は好きだし嫌なわけではないが、なにぶん雅には恥ずかしさの方が強かった。

 そんな彼女に、青峰からとどめの一言。



「下の奴らに見られたいってなら暴れんのは構わねーよ?」

「ッう…」



 チラリと外を見やれば、もうとっくに頂上は過ぎた位置にいる。

 まああと17回、大人しくしてりゃあ今からでもギリギリ終わるって多分。


 ニヤリと笑う青峰に、音になりきらない雅の悲鳴が響き渡った。









こんなの詐欺だ!





(好きだなんて、今後一切口になんかしてやんない!)

(言わねーなら言わせるまでだって)





戦状不利。





(お題配布元:loathe様)