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 窓の外からは、部活に励む運動部の声が遠くに聴こえる。
 そんな教室の一室で机に頬杖をついていた雅は、不意に振動を伝えた携帯に手を伸ばした。



「…―?」



 拓けたメールに首を傾げる。
 相手は、委員会関係だとかで放課後買い物に付き合って欲しいと頼んできた先輩からだった。
 あと30分程で約束の時間だからと準備をして待っていたのだが、無駄に終わったらしい。



“ごめん、友達が一緒に行ってくれることになったんだ。ありがとう。”



 シンプルに要件だけを伝えるその内容に、少しの違和感を感じ取る。

 この先輩は結構な話上手で、いつもは要件にプラスして雑談をしてくれる筈だ。
 普段も会う度に積極的に関わってくれるため、普通よりは好意をもって貰っていたイメージがあった。
 何だか酷く焦って打った文体に見え、再び首を傾ける。

 そんな彼女を見かねたのか、隣にいたクラスメートが読んでいた本から顔を挙げた。



「どうかした?」

「あ、ごめんね。氷室が気にすることじゃないよ。頼まれてた用事が不要になっただけ」

「ああ、昨日言ってた先輩の付き添い?」

「そう」



 窓際に寄りかかるように立っていた氷室が音もなく壁から離れるのを見ながら、雅は苦笑して頷く。
 今からでは中途半端すぎて電車もない。
 どうやって時間を潰そうかと思考を巡らしかけ、すぐに隣に視線を戻した。



「ん、だったら氷室が昨日誘ってくれた映画行けるね。まだあのお誘いは有効?」

「勿論。キミ以外と行く気はなかったしね」

「氷室だったらいくらでも一緒に行ってくれる子見つかるだろうに…」



 向けられた涼しげな笑みに困ったように笑い返す。

 何かと隣にいてくれるこのクラスメートが女の子の視線を集める容姿であることは、雅の目からも明らかだった。
 特に秀でたものもない自分に何故構ってくれるのか。
 不思議に思いながらも雅が彼といる時間を拒むことはなかった。

 とりあえずは、今からの暇についての杞憂はなくなった。
 軽い音をたてて携帯を閉じ、鞄を肩に掛けて立ち上がる。



「じゃ、行こっか」



 パッと氷室を見上げると、彼は先程と変わらぬ笑みで雅を見ていた。
 思わず息を呑む彼女の前で、静かに手元の本を閉じる。



「…昔の弟分が言ってたことなんだけど、」



 黒髪から覗く右目から、目が逸らせなかった。
 反射的に退いた身体が今まで座っていた椅子に当たり、ひやりと雅の肌を撫でる。
 
―パシ

 冷たくしなやかな手が自分の手首を掴む音が、やけに耳に残った。
 携帯が、力の抜けた指から滑り堕ちる。



「―オレって、目的の為なら手段選ばないらしいよ?」



 いつもより低い声が、耳元で囁いた。







ああ、まだ攫わないで、未だ未発達なこの心


(出来れば待ってあげたいんだけど、そんなに気が長いタイプじゃないんだ)
(接し方が分からなくなりそうで、自覚するのが怖かった)


散らばる携帯





(お題配布元:mikke様)