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−ドンッ

 突然襲った背後からの衝撃に吐きかけた飲み物を、木吉は必死に飲み込んだ。



「−っは〜…相変わらずのタックルだな」



 ごっくんと無事に喉を鳴らし終えると、怒るでもなくいつもの調子で振り返る。
 背中に張り付く見慣れた黒髪に、明るく声をあげた。



「部活…はもう終わってるよな。待っててくれたのか」

「…木吉先輩と帰ろうと思って」



 背に顔を押し付けたままポツリと伝えられた言葉に嬉しそうに笑う。
 一緒に居残って自主練をこなしていた日向がシュートを打ちながら眼鏡を光らせた。



「おーおー見せ付けてくれちゃって。ノロケはいいからさっさと帰れ」

「おう、今日はこれであがるわ。雅、着替えてくるからちょっと待っててくれ」

「…」

「…雅?」



 同僚の言葉に甘えて着替えに向かおうとするが、背中に抱き付いたままの雅の反応がない。
 離れようとしない彼女に心配そうに眉を寄せると、腹部に回る白い腕をそっと外して一気に己の身体を回転させた。

 向き合う形になるなり、雅の反応も待たずに両脇に手を通し、ヒョイとその身体を抱き上げる。



「−、どうした?」



 お父さんかよ!

 背後から聞こえる突っ込みは耳に入っているのかいないのか。
 高い高いをして優しく笑む木吉の目に、くしゃりと表情を歪ませた雅の顔が映った。
 寄せた眉に伏せぎみの睫毛。
 口まで結ばれているとなると、相当拗ねている。



「…子供扱いは止めて下さいって言ってるじゃないですか」

「ああ、スマン」



 か細いソプラノに困ったように笑うと、なるべく衝撃が伝わらないように降ろした。
 その仕草だけでも、木吉が彼女を大切に想っているのは一目瞭然。
 バスケ部内で密かに名物とされているやり取りに、日向はこっそり息を吐く。

−早くくっ付いちまえばいいのに。

 第三者から見れば両思い確定の二人だ。
 何というかもう、見ている方がじれったかった。

 うぬぬと唸る日向を前に、ちらりと木吉に視線を向けた雅は再び俯く。



「うーん…オレ何かしちまったかな」

「いえ、」



 普段は愛想もよく気遣い上手な彼女だが、我慢強いが故に一気に想いが爆発するらしく、偶にこういうことがあるのだ。
 しかし木吉に対して黙りを決め込むだけと特に迷惑行為にもならないため、周りが口出しをすることもない。
 寧ろ、ぴっとり彼にひっついて離れない雅が可愛いと暖かく見守るメンバーさえいた。

 木吉は、雅の我慢が得意な性格も、そんな周りの雰囲気も、何となく理解している。
 じっと隣に居続ければ雅の方から要望を伝えてくれることも分かっているため、その真ん丸な頭を微笑ましく見つめた。



−ぎゅ。

「お、」



 ふと掴まれた服の裾に、日向と目配せする。
 服を掴んだり軽く引っ張ったりするのが、彼女の聞いてアピールだ。
 この合図さえあれば、あとは静かに耳を澄ますだけ。

 二人の見守る中、溜め込んだ気持ちを言うべくバッと顔を上げた雅は、勢いよく要望を吐いた。





「先輩!


−私の頭を鷲掴んで下さいっ」




−要望、を。



「…ん?」
「…は?」



 見事に木吉と日向の疑問符が重なる。
 思わぬ申し出に固まる彼らを差し置いて、雅は木吉を促した。



「こう、ボール掴む感じで…いや寧ろボールだと思って!」

「−雅、少し考える時間がほしいんだが

いや突っ込めよ!



 何したのお前!?

 まさかの展開に突っ込みを炸裂させる日向に対し、木吉は真面目に考え込んでいる。
 今までも弁当を作らせてほしいだとか花札を教えてほしいなどはあったが、これは初めてのケースだ。

 撫でて欲しいというならともかく、女の子が頭を掴んで欲しいというのは一体どういうことなのか。



「まいったな、…掴んだ後はどうしたらいい?

考えるとこそこ!?

「重要だろ、女の子の頭なんて掴んだことないからな。後々の対処が分からん」

「まあ確かにそりゃそうだけどな…、にしても何があったんだよ」



 女の子がそんな要求してくるなんてただ事じゃねーぞ。

 対応に悩んだ日向が問い掛けるように雅に視線を流すと、華奢な肩がピクリと反応した。



「だって…」



 揺れるソプラノに、二人の視線が集中する。
 彼女の表情を隠す前髪がふわりと動き、



「先輩の手は私のなのにーーーっっ」



 一瞬、沈黙が降りた。

 わぁああと喚きながらポフっと木吉にダイブする。
 そんな雅を難なく受け止めた木吉は、首を傾げてポツリと繰り返した。



「…、手?」

「…ああ」



 不思議そうに自分の手に視線を向ける木吉に対して、日向は思い当たることがあるのか苦笑を零す。

 彼女の愚痴(という名のノロケ)によく付き合う日向は、最近の彼女の言動を思い起こした。
 木吉の練習姿を見つめながら、バスケットボールに生まれたかったと隣でぼやいていた姿が頭を過ぎり、納得したように頷く。
 その後一人悶々と体育館の隅でドリブルをしていたのも、彼女なりのボールへの八つ当たりだったらしい。

−つまりはバスケットボールに対抗心を燃やしたと、そういうことだろう。

 思わず噴き出すと、木吉の背中をドスリとど突いた。



「おう!?」

「愛されてんなーお前」

「−…そうだな」



 打撃を受けた箇所をさすりながら、フッと口元を緩める。
 じっとこちらを見上げる大きな瞳に笑って手を伸ばした。
 ポンポンと手を置いたのち、その黒髪をくしゃりと撫でる。



「…私の話聞いてました?」



 ボールだと思ってないでしょ。

 唇を尖らせながらも大人しくしている様子をみる限り、彼女の気持ちは満たせたらしかった。
 それに和やかな眼差しを送ると、いつの間にかシュート練習に戻っていた日向に声を掛け、再び雅に向き直る。
 また我儘を押し付けてしまったと自己嫌悪に陥っていた雅は、そろりと視線を上げた。



「さて、飯でも食って帰るか」



 スイと差し出された大きな手に、雅の笑顔が戻る。
 おずおずと手を預ければ、触れる温度。

 すっぽり包まれた自分の手に、照れたように、はにかんだ。







あなたの温度を感じる瞬間の実感とトキメキに捕らわれて我儘になってしまう私


(訂正、人間でよかった!)
(同じ“真ん丸”でもやっぱりこっちは撫でたいからな)


あいむそーりーボール、大好きよ。