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 蝉の合唱に瞳を細めて、雅は空を仰いだ。

 容赦なく照りつける日差しが憎い。
 日焼け止めは丁寧に塗り込んでいるが、汗のせいで最早意味を成しているのか分からない。
 こんな猛暑日にドタキャンされて、一体どうしろというのか。
 帰りたいのは山々だが、何もせずの休日では味気ない。

 首を捻って思考に耽る雅の視界に、影が落ちた。
 一応邪魔にならないよう通路の端に寄っていたつもりだったが、誰かの進行を妨げてしまったらしい。
 慌てて道を譲ろうと顔を挙げるが、同時に両手を包んだ温度にフリーズした。



「女神…!」

「え、っと…確か、」

「森山です。先日はどうもありがとう」

「ああ、タオルの」



 きりりとした真剣な表情に圧されながらも、記憶を辿るのは容易かった。

 友人の付き合いで見に行った高校バスケの練習試合。
 何でも対戦高校に有名なモデル選手がいるとのことで、引っ張られていった。
 やはり同じ目的の女性も多いらしく、その応援とスポーツ独特の熱気にあてられ、雅自身はほどほどにその場を離れた。

 といっても見知らぬ他校の敷地内でウロウロするわけにもいかず、体育館裏で涼む程度の行動範囲。
 その限られた時間と空間の中で出会ったのが彼だった。

 休憩中に顔を洗いに来ていたらしい。
 が、風に飛ばされたのか置き場所が悪かったのか、使う前に洗い場に落ちて濡れてしまっているタオル。

 それに気付かず何もない場所に必死に手をさまよわせている姿に、思わず自分のタオルを掴ませてしまった。



『…?これは、』

『あ、余計なお世話だったらすいません。まだ使っていないしそのまま差し上げますので嫌じゃなければ…』

『ああ、ないと思ったら落ちて…どうもありが、!!』

『?大丈夫ですか、何か、』

『女神…!』



 記憶と全くぶれない表情と言動に寧ろ感嘆しながら思わず口元を緩めると、心なしか手を握る相手の指先に力が入る。



「…あの、」

「ここで再会したのも何かの運命だと思うんだ、昼食は一緒にどうだろう。返事はどちらでもいいけど、いやできることならイエスが欲しい!」

「はあ…」



 身長も高く、目元も涼しげな美形だが、どことなく惜しい気がする。

 自惚れではなく、これは多分好意を受けているのだろう。
 ちょうど予定がすっからかんになってしまったし、断る理由はなかった。
 言動も率直で、多少癖はありそうだが少なくとも悪い人間ではない。

 ただし、何せ目立つのだ。
 人通りの少なくない道、相手の容姿もなまじ良いため、先程からちらちらと視線が交じる。
 羞恥心も募り、気持ち視線を下げて頷いた。

 思考回路が働かず、どこかぼんやりする頭を叱咤しながら言葉を選出する。



「ちなみに何が食べたいですか?」

「!ご一緒してもいいんですか!?」

「ちょうど友人との約束がなくなってしまって、どうしようか悩んでいたので」

「何たる運命…!」

すいませんとりあえず戻ってきて




 空を仰ぐようなポーズを決める彼に真顔で突っ込みをキメながら、この付近にある飲食店を脳内で巡った。
 今のこの時間帯なら、いくつか空いている場所もありそうだ。



「…、…」



 ひとり頷いていると、ふと手元の温度が消えていることに気がつく。
 と同時に、ふわりと頭を覆う柔らかさと、柔軟剤の香りに目を見張った。



「え…え?」



 思わずパッと抑えて、被せられたのがタオルとだという事実には行き着いた。

 日除けに、ということだろうか。
 だとしたらかなり紳士的だ。

 意図を探りながら顔を挙げると、顔の横に垂れるタオルの端でちょいちょいと額を抑えられる。



「??…あの?」

「…−と失礼、ちゃんと使っていないやつです。先日いただいたタオルの代わりにどうぞ。つもる話は後にして、とりあえず屋内に移動しないか?」

「え?」

「自覚があるかは分からないが、顔色があまりよくない。最近は暑いし、キミが倒れでもしたらオレは何も手に着かなくなる自信がある!」



 キリリと言い放たれた言葉に、妙に納得する。

 ああそうか、体調が悪くなりかけていたのか。
 どうりで思考回路が鈍いはずだ。

 冗談のようで本気らしい怒濤のアプローチの中に、確かに混じる優しさと、気遣い。
 一度会っただけなのに、まるでずっと知っていたかのようにスルスル入り込んできた存在に、笑いがこみ上げてきた。



「ふふ…そっか、運命か」

「!!」



 ぽつり零れた呟きが届いたのか。

 胸を抑えて前屈みになる姿に、また頬が緩んだ。




運命を信じるよりもあなたを信じたい

(今思えば、多分初めて見た時から)
(どうにも頭から離れなかったが…そうかこれこそ正真正銘の運命…!)

マック食べよう。