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 雅はひとつ、深呼吸をした。

 一度瞼を伏せて、再度ゆっくり持ち上げる。
 視界いっぱいに広がる、煌びやかな装飾の施された室内。
 視線を落とせば、嫌でも目に入る己の服装は、女の子ならば一度は憧れたであろう輝かしいドレス姿だ。

 そんな夢のような世界観の中で、少女はひとり絶望した。
 彼女が本来そこに存在すべき人物であるか、または本当に夢であるのならば、何も問題はなかった。
 ただ、雅がほんの数分まで友人と 喫茶店パフェを満喫していた現代女子高生だったからの困惑である。



「いやいや待って、落ち着け落ち着け。まずは状況整理から…」



 ーさっきまで私は間違いなく、喫茶店にいた。

 友達のモモちゃんとちょっとオタクな話で盛り上がって、最後まで取っておいた大粒いちごを頬ばろうとしたところまでは思い出せる。
 そこからー…?

 ああ、もしかして食べながら寝てしまったのかな。私ってばドジなんだから。

 引きつり笑いでこめかみを揉みほぐしながら、もう片方の手でさり気なく太腿あたりを抓ってみる。
 夢であることを前提にしてみたものだから容赦なく、相応の痛みが駆け上がった。



「っい…!」

「…雅様?なにか」

「い、いえ!ちょっと緊張してしまってほほほ…」



 直ぐ後ろから心配そうなソプラノが聞こえて、とっさに姿勢を正す。
 雅が思うがままに取り乱せない原因のひとつである。

 広い室内には、彼女の他にもうひとり、お付きのメイドチックな人間が存在していた。
 上品な佇まいの女性は、緩やかに口元を崩して苦笑する。



「まあ緊張なさるのも仕方ありませんわ。今から夢にまで見ていた黄瀬涼太様に会うのですもの」

「…ですよねー」



 そして、もうひとつ冷静を保とうと頑張っている要素が先程出てきた名前だ。
 まさに今の今まで友人と口にしていた架空上のその人物。
 そして、この洋館のような室内に、窓から見える景色などの世界観。

 それら全てが、黒子のバスケの登場人物たちを題材にした、パラレルワールドゲーム−“ドキ☆キセキと愉快な仲間たち(笑)“の世界観まんまなのだ。
 もちろん非公式であり、乙女ゲーム大好き妄想大好きの二人組が、自分達が楽しむためだけに趣味で創作してしまった二次創作ゲームである。

 ここまできたらもうどうしてこんな非現実的なことになっているのかはこの際どうでもいい。
 最大の問題は、今の自分のポジションだ。
 この世界で意識が覚醒してから数分間、ゲーム創作時の記憶をたぐり寄せながら見える事実をすりあわせてきたが、現在進行形で嫌な予感が膨らんでいた。

 震える指先を抑えつけ、メイドを更に近くに呼び寄せて、その耳元に唇をよせる。



「あ、の…今日は、どうして黄瀬、様と会えることになったのだった、かしら…?」



 世界観にあわせるために言葉の選出にまよいながら辿々しく訪ねると、きょとんとしたメイドが可笑しそうに目元を細めた。



「雅様ったら、やっぱり緊張なさってるんですね。雅様が旦那様に頼み込んで、この席を準備していただいたんじゃないですか」



 旦那様は本当に奥様と雅様には甘甘ですよね。
 向けられる微笑ましい視線に応える余裕はなかった。

 やっぱりかーっ!

 涙を呑んだ雅はテーブルに突っ伏してしまいたくなる衝動に耐える。
 そんなことをしたら、目の前の宝石さながらのスイーツ達が台無しだ。

 妄想族の雅たちが考えるのは、もちろん登場人物達とのめくるめくバラ色の日々である。
 それにはライバルや障害となるモブ達は必須なわけで。
 あまりに唐突な非現実的な出来事も、自分がヒロイン役だったのであれば寧ろ感謝して楽しめたのだろう。

 しかし、自分たちが設定したヒロインは青みがかった美しい黒髪。
 対して今視界にちらついている己の髪は、色素の薄いフワフワ茶髪。

 その外見と、先程メイドから確認した事項ー父親に強請って登場人物達に接触する人物と言えばー…。

 確信した雅は、諦めたようにふっと遠くを見つめた。



「…ああ、完全にお邪魔虫のモブだわこれ」



 まさに今、巷で流行っている悪役転生シリーズのような展開らしい。
 乙女ゲームの悪役に転生してしまったヒロインがその運命から逃れようと、必死に知恵を振り絞って行動した結果、ヒロインそっちのけで(場合によってはヒロイン諸共)登場人物たちを落としていく。

 その流れは爽快であるし、雅自身ニヤニヤするレベルで好きなジャンルだ。
 だがしかし、今の自分の現実は似て非なるものだろう。
 まず、確実に死んではいないため、転生ではない。
 ということは、元の世界には戻れる可能性がある。

 そしてコレが公式な黒子のバスケ世界や実際の乙女ゲームの世界なのであれば、ありがたく王道に乗っ取って自分の立場を改革していくところだが。
 なにせ、自分が妄想で作り出した世界である。
 もちろんヒロインにも愛着があるし、ここは通常通り悪役に徹して、妄想してきた萌を傍目に堪能するのも面白そうだ。
 変にストーリーをねじ曲げれば、帰れるものも帰れないかも知れない。

 幸いにも設定したのは自分と友人であり、お邪魔虫といっても攻略対象につきまとったり、ヒロインにちょっとした嫌がらせをする程度だ。
 注意を受けたり少々素っ気ない態度をとられることはあるが、それで人生が狂ったり生命の危機に陥ることはない。
 平和設定にした自分達万歳。

 とりあえず、早速メインの登場人物−黄瀬涼太との接触が図れるらしい。
 雅達が好き勝手に模造したパラレルワールドなのだから、もちろんバスケはしていない。



「…確か黄瀬君の設定は…、」



 頭の中のフォルダから黄瀬涼太の名前を見つけて引っ張りだしたところで、空気が動いた。

 ギィ…

 重厚感を漂わせる音と共に、キラキラ反射する金髪が視界に入る。



「あー…、お待たせッス。お初にお目にかかります、海常区警護一員の黄瀬涼太です。スイーツは楽しんでいただけていますか飴凪嬢」



 余所行き感の滲み出るイケメンが、仰々しく一礼して目の前の席についた。
 使い慣れない敬語からも自分の立ち位置を再確認する。

 確かこのモブはそこそこの権力をもつ家の令嬢設定だ。
 その親ー権力者からのお願いで断り切れず、黄瀬が乗り気ではないのは一目瞭然。

 登場人物達の設定としては、学校ごとに区域を分けて、それぞれの土地の管理をこなすトップクラスメンバーとしている。
 そしてヒロインはどことも関わりを持ちやすいように誠凛区、このモブは海常区の住人としたはず。
 だからまずこの令嬢が動くなら黄瀬とのコンタクトという流れは分かる。
 ヒロインが海常キャラクターを攻略する際にきわだってジャマしてくるのが、今の雅だ。

 大好きな作品のキャラクターが目の前で動いて喋っていると言う現実に、アドレナリンでも大量放出しているのか。
 雅の頭はもう現状を楽しむことに思考を切り替えていた。
 冷水でも注ぎ込んだかのような冴えた脳内で、分析を始める。

 ゲーム内でヒロインと黄瀬が出会う頃には、このモブは黄瀬と面識がある呈だったはずだ。
 彼とお茶会をしたとか、庭園デートをしたとか、そんな自慢話をヒロインに吹き込む場面もある。
 もちろんこんなモブ設定をそんなに詳しく練っているわけはなく想像上の話になるが、そうすると演じるべきは、プライドが高くて多少見栄っ張りのミーハー少女といったところか。
 黄瀬が一番敬遠するタイプかも知れない。

 彼の性格上、自分が認めた人物以外とそう何度も会わないだろうし、親の権限が通用するのはせいぜい1、2回。
 そして数秒前の挨拶から、これが初の顔合わせだろう。
 と言うことは、今の状況が「ご一緒したお茶会」で、これから「庭園デート」をするのだろうか。

 カチリカチリとパズルをはめながら、こちらの出方をうかがう双眼をうっとりと見つめ返した。
 こちとら元々好意があるのだから、ミーハーな役だなんて素を隠さなくていいということだろう。
 楽なものである。

 さあ思う存分、お邪魔モブを堪能してやろうじゃないか。



「!」



 雅の表情に気付いたのか、やや構えた黄瀬に内心ほくそ笑む。



「…、あ、すいません私ったら。黄瀬様に会うのが本当に楽しみで、昨日は眠れませんでしたの。申し遅れましたが、飴凪雅と申します。本日は無理を言ってしまってごめんなさい。貴重なお時間をありがとうございます」

「え?ああ、ハイ、こちらこそ…?」



 スラスラとよどみなく挨拶をこなし、節度を保った姿に相手は意外性を感じたようだった。
 一応、令嬢役であるため雅自身のプライドもあり礼儀正しさを優先したが、ここからが腕の見せ所である。
 さあ、攻撃開始だ。

 フツフツと湧き上がる興奮に抗うことなく、頬を紅潮させて身を乗り出した。



「やっぱり実物は一層素敵ですのね。こんなに金髪が似合う方は他に知りませんわ。スタイルもよくて、瞳も魅惑的で…ああもうかっこいい!黄瀬様、私少し歩きたいのですけど、薔薇園を拝見してもよろしいかしら。ご一緒してくださる?」

「は…え?あ、えーっと…元気ッスね。とりあえず、せっかくスイーツ準備したんで、ちょっと食べてからにしないッスか?」

「ああ、そうですわね。すいませんあまりに嬉しくて。ふふ、黄瀬様とお茶会だなんて、みなさん羨ましがられるわね」

「…ほら、早く飲まないと紅茶も冷めるッスよ」



 最後に黄瀬があまり好まないであろう“自慢するための黄瀬涼太“というニュアンスも忘れず付け足す。
 案の定、引き気味だっただけの表情に、瞬間的に冷めた温度が宿るのを感じ取った。

 いや大丈夫、あなたの魅力充分存じております黄瀬君…!

 今すぐ駆け寄って抱き着きたいくらいだが、それをするのはかわいいかわいい自分達作のヒロインの役割だ。
 割にノリノリでモブ役をこなしつつ、せっかくだからとテーブル上に意識を移した。

 今までは困惑で後回しになっていたが、方針が決まった今は大分余裕が出てきた。
 パフェのいちごも食べ損ねているし、こんな豪華なスイーツを口に出来る機会など最初で最後かも知れない。
 キラキラ眩しいケーキやクッキーに負けず劣らずの瞳の輝きで、手元のチョコレイトを口にした。

 そして、悶絶する。



「っ…おいしい…!」



 舌でほどける甘さとトロリとあふれ出るフルーツ果汁の酸味。
 甘い物に目がない雅にとって、周りが見えなくなるのには十二分の威力があった。



「っこれも、これも…こんな美味しいの初めてーっ。幸せ幸せ…!」



 ぱくりぱくり。

 手当たり次第のスイーツに手を伸ばしては唇の裏側に押し込んでいく。
 雅が我にかえったのは、控えめなメイドの囁きが耳に届いてからだった。



「あの、雅様…どうぞそれくらいに…」

「へ?…、…〜…ああっ!」



 自分にかけられた声に振り返れば、今にも泣き出しそうな顔で微笑むメイドの姿。
 一秒も待たずに自分の失態に気付き、慌てて姿勢を正した。

 改めて目の前を確認すると、いつの間にやら積み上がった皿の多さに口元が引きつる。
 いつもなら入浴前の体重測定値を心配してのことだが、今は違う理由からだ。
 “憧れの黄瀬様“の前で、本人そっちのけでスイーツを食すのに没頭する令嬢がどこにいるというのか。

 これはどちらかというと、傾向的にはヒロイン寄りの行動だ。
 モブがやるべきではない行動に猛反省しつつ、軽く咳払いをしてナプキンで口元を拭う。

 べったりとチョコレイトがついていたのは見なかったことにして、顔の熱もそのままに満面の笑顔を投げかけた。

ーこれはそう、黄瀬君を前にした高揚からの赤面だから!



「失礼致しました。早く黄瀬様と歩きたくってつい…スイーツも紅茶も堪能させていただきましたわ。さあ黄瀬様!庭園を案内してくださる?」



 とろんと瞳を細め熱っぽい音を混ぜて申し出れば、呆けていた黄瀬が思い出したかのように立ち上がった。



「!ああ…。今日はこの後用事があって、あと五分くらいしか時間とれないんスけど、それでも大丈夫ッスかね」



 明らかに後ろ向きな態度に、なんだ意外に好感度は変わらずにこれたのかと息を吐く。
 安心したようなちょっと残念なような。

 とりあえず追い打ちをかけておこうと、大げさに肩を落としてみせた。



「ええーそれは残念ですわ…。その用事は今日じゃなきゃダメなんですの?」

「申し訳ないッスけど」

「分かりました。ではまた、次の機会をお待ちしていますので」

「次って…」



 何か思案するように唇を閉じた黄瀬に、順調だと口角を上げる。

 まあこのモブに対して次なんてないだろうが、それよりもこの後の彼の用事とやらはヒロインとの初接触ではないだろうか。
 ふらりと見回りに出た黄瀬が、チンピラに絡まれるヒロインを救ってお知り合いになるという王道フラグだ。
 別れた後に変装でもして後をつければ生でお目にかかれるかもしれない。

 ちゃくちゃくと完全に一人歩きな予定をたて続けていると、黄瀬が動いた。

 なんだもう五分コースの散歩開始か?
 それとも、それすら省略してまだ見ぬ運命の人のところに駆けつけるか?

 どちらにせよ動くことには変わりはない。
 立つために腰を浮かしかけた雅に、なぜか制止の声がかかった。



「あ、そのままでいいッスよ」

「え?それはどういう…」

「オレはもう出るけど、せっかくなんでもうちょっと食べてったらいいんじゃないッスか?気に入ったんでしょ?」

「はあ、まあ美味しかったですけど…黄瀬様がいらっしゃらないのでは意味もありませんし」



 思わぬ申し出に反射的に述べたのは、全部本音だ。
 確かに我を忘れるほどの味だったが、黄瀬とヒロインの絡みを見物に行きたいのに一人で残って食べていろとはどんな拷問だ。

 そのまま伝えるわけにもいかないため、今回も“黄瀬涼太と過ごした事実が大切なのよ“感を漂わせる台詞で対応する。
 初回と同じように表情に影が差すかと思いきや、案外あっけらかんと返答された。



「ーそうッスか。とりあえず、明日また埋め合わせするんで」

「はい、…え、明日!?」

「…何、都合悪かった?」

「いえ、すっからかんに空いておりますが…えっと、また会っていただけるのですか?」

「ぶっ、すっからかんって…。次の機会って言ったのはそっちッスよ。じゃあまあ同じ時間に此処で待ち合わせって事で」



 腕で口元を抑えるようにして笑いを残すと、情報処理が追いつかない雅を残して颯爽と出て行ってしまった。

 いやいやなんでまた会うことになってんだ。
 あれか、本人そっちのけでスイーツに夢中になったから変なフラグ立てた?
 それだけで?
 いや、さすが私たちの造った世界だチョロいな黄瀬君。

 雅のぐるぐる回る思考回路など、他者に理解できるはずもない。



「やりましたね雅様!どうなるかとヒヤヒヤしましたが流石でございます!」



 興奮気味に肩を揺さぶるメイドを意識の端に、視界がぼんやり靄がかっていった。





太陽が欲しいと言ったら、あなたは笑うかしら。


(あれ、この感じはやっぱり夢だったかな?早く目覚めろ私…いや待ってやっぱりヒロインこの目で見たいわもうちょっと踏ん張れ私)
(“気付いた“のは食べっぷりがすごかったからだけど…執着をみせる割に引き際がよすぎるんッスよ。本当にオレ狙いなら、次の機会だなんてぼやかさない)


おやすみハニー、はちみつちょーだい。