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 今日も、空が青い。

 ぼぅっと頭上を仰ぎ見ていた雅だったが、どうしても、気になる点がひとつ。
 迷うようにちらりと視線を泳がせてから、隣の温度へと声を掛けた。



「…あの、」

「これうっま!」



 新商品らしい。
 キラキラと瞳を輝かせてそれらを平らげる姿に口元が緩く崩れるが、そろそろ限界だ。
 意を決して、今度は届くように名指しで呼びかけた。



「−葉山先輩」

「え、何?どうかした?」

「その…“まだ”、ですか?」

「まだまだ!」



 ニッと歯を見せた彼の返事に苦笑を返すが、その心境を知ってか否か。
 前髪を揺らした葉山は、無邪気に八重歯をちらつかせる。



「抱きつかせてくれたらもっと早く“貯まる”んだけどね!」

「ごめんなさいこのままでお願いします」

「えー」

「そんな顔してもだめです」



 心臓が保たないので。

 子犬のような視線から逃げるように俯くと、必然的に視界に入り込む、己の手。
 それは、先程から葉山の手と繋がったままだった。
 再確認することで顔が熱くなるのを誤魔化すように、もにもにと口を動かす。



「−それで、今日は“何の影”と闘ってきたんですか?」

「んーとね、今日はかなり充実してたんだよね!まず犬に会ってー、飼い主の影と連携されてー、あれマジで手強かった。しかもその後なんて鳥の影がきちゃってさ」

「鳥は手強いんですか」

「初めて当たった!攻撃力は全然ないんだけど、空飛んでる分影がちっこいし、捕まんなくて!」

「なるほど…」



 もし第三者がいたのであれば、確実に疑問符を飛ばすであろう会話。
 雅本人も、数日前はそちら側の人間だった。

 まさか、日常的に影と戦っている他人が存在するなんて、誰も思わない。
 正直、実際にその場に居合わせた今でも信じがたい。
 基本的に現実主義者である雅は、目撃後に説明を受けるも関わらないことを決めていた。
 しかし、現実はそう甘くはなかった。

 なんでも、その戦闘で使用したエネルギーを充電するのに他人との“接触”が必要らしい。
 更にそれぞれに相性があり、幸か不幸か、雅は偶然にも同じ学校の先輩であった葉山と相性が抜群だった。
 その為、彼が戦闘でエネルギー切れになる度にこうして時間を共にしている。
 彼は明るく一緒に過ごすのは苦ではないが、なにせ回数が頻繁であるため、最近は少々気になる事態にはなっていた。

 あの…と切り出せば、きょろりと猫のような瞳が瞬く。



「なになに?」

「…先輩と私、最近噂になってるの知ってます?」

「噂って?」

「その、付き合ってるんじゃないかとか…」

「それってマズいの?」



 あっけらかんとした問い掛けに、思わずずっこけそうになった。



「え!?あの…普通は付き合ってない人と手繋いだりはないかなって」

「ふーん…」



 オレは全然気になんないけどなー?

 天を仰いでうーんと首を傾げたのち、パッと向き直った葉山は名案とばかりに輝かしく笑う。



「じゃあ付き合っちゃえばいいじゃん」

「何でそうなるんですか!」



 まるでご飯を決めるかのようなノリだ。
 あまりの軽さに、反射的に身を乗り出した。

 葉山のことは嫌いではない。
 寧ろ、そんな噂に彼を意識し始めてからは好意を自覚したくらいだ。
 だからこそ、そんな簡単に返された考えでは納得がいかない。

 充電対象としてではなく、ちゃんと異性として認識してくれているのかすら怪しい。



「…」

「…、えっーと、」



 むうっと眉を寄せ始めた雅だが、珍しく少し困ったように頬をかいた葉山を見るなり軽く吹き出した。
 天真爛漫な彼にこんなリアクションをとらせることができるのは、割に特権なのかもしれない。

 和らいだ空気に安心したのか。
 どちらからともなく唇を開きかけるが、双方の鼓膜を震わせたのはどちらの音でもなかった。



「−あら、小太郎?」



 上品な足音と共にかかった声に、葉山が反応する。
 女子も真っ青なサラサラ黒髪を靡かせて首を傾げる美形は、雅も噂で知るところだ。
 女性的な佇まいだが、その身長や制服はまごう事なき男のもの。

 実渕玲央。
 葉山と並んで、バスケ部の有名人。
 バスケ部の関係者は彼のおかげで大体把握しているが、対面したことはないため緊張する。

 無意識に背筋を正して座り直す雅の横で、人懐こい笑顔が炸裂した。



「あ、レオ姉ー。こんな所で会うなんてめっずらしいじゃん」

「ええ、偶々通りかかったら見慣れた顔が見えたから。随分可愛い子といるじゃない?もしかしてその子?」

「そうそう、オレのパートナー!」

「そう。確かに、アンタと相性よさそうね」

「でっしょー。同じ学校とかマジでラッキー」



 ずきずき。



「…、…」



 他愛もない会話がやけに遠くに、他人事のように聞こえる。

 理解している。
 葉山にとって、自分は“仕事“のために重要な存在だ。
 それだけで、彼が優しくしてくれる理由には充分なり得る。
 効率よく協力させるためには、好意を持たせていた方が都合がいいだろう。
 その考え方だと、今の自分はまさしく術中だ。

ーなんて、彼がそんな人間でないことなど、分かっているはずなのに。

 彼が自分を肯定してくれる度に、友好的に接してくれる度に、捻くれた思考回路に迷い込んでしまう己が嫌になる。

 空いている方の指先を、葉山から見えない位置を意識してからきゅっと握りこんだ。



「…、ねえ小太郎」



 不意に、今までとは違う空気の振動をとらえた。
 これはきっと、笑いの気配だ。



「この子、もしかしたら私とも合うんじゃないかしら」



 どこか誘惑するような囁きが割に近くに落ちる。
 ふわりと鼻腔をくすぐった香に反応する間もなく、勢いよくそれと反対方向に引きつけられた。



「ちょっ、ダメだって!いくらレオ姉でも飴凪ちゃんはあげないよっ」

「っ…わ!?」



 めまぐるしい変化に、頭がついていかない。

 気が付けば、雅の華奢な身体は葉山がすっぽり抱え込んでいる状態だった。
 今まで手のひらでしか感じてこなかった温度をいきなり全身で受けて、身体中の血が沸騰しそうだ。
 押し付けられた胸からは意外に速い鼓動が伝わって、自分の脈打ちと競争しているようにすら感じる。



「は、葉山せんぱ、…っ」



 やっとの想いで首を捻って上を見上げるものの、視線は絡まなかった。
 真っ直ぐ実渕を射る双眼には明確な敵意がちらつく。

 戦闘中でさえ滅多に見ない表情に息をのむが、それを向けられている当人はあっけらかんと肩をすくめた。



「あら、冗談よ。可愛い子は好きだけど、そんな野暮なことはしないわ」

「…ならいいけどー。レオ姉が言うと冗談に聞こえないんだって!」

「でも油断してると攫われるわよ。大事なら離さないように気をつけなさい。大体アンタは鈍いんだから」



 チラリと実渕の視線がずれて、噛み合う。

 ねえ?

 優しげに細められる瞳は、どこまでお見通しなのか。
 自分の心の内が全て見透かされているようで、顔に熱が集中する。
 それをどうとったのか。

 つられるように雅に意識を戻した葉山が、慌ててその肩を揺さぶった。



「は!?待った待ったなんで顔赤いワケ!?まさかレオ姉に惚れたとか言わないよね!?」

「や、あのっ、ちが…せんぱ、ぅえ…!」

「ちょっとなにやってんの!?マジで女の子の扱いなってないわねアンタ!」



 ぐわんぐわん揺れる世界で誤解を解こうとするも、激しすぎて思うように喋れない。
 見かねた実渕が止めてくれなかったら、脳シェイクが完成しただろう。
 葉山に怒鳴りながらも背中をさすってくれる手つきは柔らかく、ありがたく保護を受けた。

 無理矢理引き離されたことに不満を隠しきれない葉山だが、距離をとったおかげで彼女の状態に気付いたらしい。



「っゴメン!うわマジでゴメン!」

「…あの、大丈夫なので…」

「ったく、もう。そうだ、小太郎に愛想が尽きたら私のところに来なさいね」

「レオ姉ー!だからあげないって!」

「ぅわ…!」



 再び引き寄せられる肩に思わず身を硬くするが、ぽすんと飛び込んだ腕の中。
 数分前より更に速い鼓動のリズムに、彼の動揺を知る。

 戸惑いと共にチラリと視線をずらすと、軽やかなウインクとぶつかった。






くっつく影に祝福を。


(あれだけ嬉しそうに話題に出してた癖に、無自覚とか冗談やめてほしいわ。泣かしたら本気でさらっちゃおうかしら)
(一緒にいるのは楽しい…けど、他のヤツとのツーショットはなーんかムカつく)
(こんなの、都合のいいように解釈しちゃうよ。ってこれもう充電満タンなんじゃ・・・)


影法師、ぼーし。