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 遠くに響く高音に、意識が浮上する。
 引っ張られる毎に鮮明に近づくそれは、いわゆる目覚まし時計の音だ。

 ぱちり。

 瞼を押し上げた先に見慣れた電灯を見て、夢を視ていたのだと自覚する。



「…また、いたなぁ…」



 ぼそりと声にすることで、忘れまいと脳に刻み込んだ。

−それは、一体いつからだったか。
 夢から目覚めた瞬間には大抵が内容自体を忘れているため、明確な答えは分からない。
 ただ、ある時に気付いてしまった。

−夢とは、大方が潜在意識から創り出されるものだ。
 個人差はあるかもしれないが、登場人物は殆どが自分が“知っている”モノになる。
 例えば昔の知人、漫画やアニメの架空人物、憧れの芸能人、実際に現在進行形で関わっている人物などだ。
 ごくたまに記憶に存在しないモノが紛れることもあるが、そういう類のモノは二度も三度も繰り返し登場しない。

 その原則を覆す現象が、自分の身に起きていた。



「…カッコいい…部類なんだろうなぁ…」



 ぽすりと枕に顔を埋めながら、何度も“視た”人物像を思い起こす。
 いつからだったか定かではないが、“彼”はいつの間にか夢の中にいた。
 直接話すわけでも、接触するわけでもない。
 横顔を見かけただとか、後ろ姿を見ただとか、そんな曖昧な記憶のすり合わせだった。

 初めは気のせいだとも思ったが、何度も繰り返すうちに同じ人物なのだと確信に変わる。
 そして、徐々にお互いの意識が近づいている気がするのだ。

 起きて動けば夢の内容なんて簡単に消えゆくのも承知の上。
 何とか留めようと慌てて瞼を伏せて懸命に思い出す。
 ここ最近続けているおかげか、頼りない記憶の糸を手繰って夢を再度なぞるのは得意になってきている。



「…、…」



 公園にいたのがいきなり学校の教室にいたり、昔の級友とアニメキャラが共演していたり、相変わらずカオスだった。
 そういう自分も、何かと闘っていたと思えば迷宮探索を始めていたり、知人の髪を一気に刈って決めポーズをとったり自由すぎて何これ意味分からん状態である。

 そんな中、ふと視線を感じて振り返った先。
 黒髪が揺れて、少しつり目気味の双眼とかち合った。
 いつもの彼だと、認識した瞬間に例の音でシーンが途切れる。



「…っあー」



 ばたん。

 いつの間にか力の入っていた四肢を投げ出して、現実世界に意識を呼び戻した。
 もう少し顔をしっかり見させてくれてもよかったのに。

 夢を強制終了させた主を恨めしげに見やる。
 と同時に、問答無用で目に飛び込んできた時刻に跳ね起きた。



「…っ遅刻!」







 ふと周りを見渡すと、工場地帯に身を置いていた。

 チリンチリン。
 
 独特の空気の振動にそちらを見やると、いつかの同級生が色素の薄いロングヘアをなびかせながら自転車で通り過ぎる。



「今日のラッキーアイテムなのだよ。三位だったので」



 うん、意味が分からない。

 そもそもこんな喋り方をする子だっただろうか。
 首を傾げてあとを追うように後ろを振り向けば、昨日読んでいた漫画の幼児キャラが爆弾を振りかぶっていた。



「知るか。だから大きすぎだっつーの!周りの迷惑考えろよ牽くぞ」



 君が迷惑考えて!

 ゲームで見かけるような黒くて丸いものが大量に飛んでくるのを確認して、思わず踵を返す。
 行く先に大きな壁が立ちふさがった。
 昔飼っていた犬のチャッピーが巨大化して心地よさそうに丸まっている。

 つぶらな瞳がぱちりと開き、こちらを見据えた。
 いやな予感しかしない。

 チャッピー、待て。おすわり。イヤって言うほど教えたよね?聞いてくれなかったけど!

 嬉しそうにべたんべたんと尻尾を叩きつけながら、巨大が起き上がる。

 あ、これ絶対やばいやつ。
 視界が影で被われる。
 上を見上げれば、愛犬の足が天井となって近付いてくるのをぼんやり認識した。

 ああ短い人生だったなだなんて瞼を降ろすが、いきなり強い力で腕を引かれて、反射的に視界をこじ開ける。

 …、え?

 目の前には、揺れる黒髪とオレンジ色の背中。
 見覚えがありすぎるそのシルエットに、なぜか視界が歪んだ。
 念願の“彼”が、自分の手を引いて走っている。

 その事実に惚けていると、ぎりぎりコンマ一秒だったらしい。
 背後から土埃が舞い散った。
 後ろから吹き付けるそれに思わずあいた片腕で顔を庇う。

 目がやられては顔も確認できない。
 まだ片手は繋がっている。

 そんな安心感からとっさにとってしまった行動だった。



「…、ってオイいつの間にか寝てんじゃねーよ埋めんぞ」

「起きるのだよ高尾、降りるぞ」



 上から降る音に、うっすら瞳を開ける。

 相変わらず物騒な言葉が並ぶし、語尾が独特すぎる。
 腕の隙間からそちらを見上げると、徐々に晴れていく視界につぶらな瞳でこちらを見つめる犬の姿。

 チャッピーが喋った、とポカンと口元が緩んだ次の瞬間に、左手を圧迫していた温度が消える。


 うそ!?


 慌てて視線を戻すが、自分を颯爽と助けてくれた彼は影も形もなかった。
 初めから何も無かったかのような空間に、消失感が胸を満たす。



「…、−?」



 ざわざわと耳に浸透するBGMに、視界が開けた。

 かだん、がたん…。

 独特な振動を身体が知覚し、加えてぼんやりと映る己の膝元や鞄を確認する。
 ああ、自分は電車に乗っていたのだっけか。

 相変わらず夢と現実の境目は曖昧で、しかし確実に胸の奥に残された感情はもはや無視できない。



「…会いたい…、な」



 夢の中の事柄だと分かっていても、この不思議な体験が毎日を彩って、日に日に思考回路を侵蝕していく。







 嘘だと思った。

 身体はしっかり起きているはずなのに、周りの音が遠ざかる。
 歪む視界の先に、確かに彼はいた。


−テレビの前に張り付いたのが昨日の夜。
 確かどこかの有名校のインタビュー番組だったか。
 何のスポーツだったかはもはや覚えていないけど強豪らしい。

 そこでチラリと映った姿に、夕飯戦争で勝ち取った唐揚げをボトリと落とした。
 文字通り、夢にまでみて焦がれた姿が、まんま映っている。
 そんなことってあるのだろうか。
 ほんの数秒だったけど、彼であることは確信していた。

 秒速でテレビを抱え込んだ私に、家族の非難が降り注いだ。



 そして今、テレビで流れた音声を拾って調べまくって、その高校まで来てしまった。

 自分の行動力に正直引いている。
 見知らぬ学校に来たところで入れないし、待ち伏せするにもそんな勇気ないし、そもそも名前すら知らない。
 もしかしたら、昨日のようにたまたまテレビで見かけた姿を無意識に覚えていて、夢に反映しただけかもしれない。
 現実に存在するなら、それしか考えられない。

 こちらが一方的に知っているだけなのに学校まで押しかけるとかストーカーか。
 いつからこんなに思い込みが激しくなったんだ。

 数分の葛藤の末、校舎をあとにするが、数メートル進んだあたりで足音が後ろから聞こえてきた。
 期待が全くなかったわけではないけど、夢はみるだけ後で空しくなるからと振り切って歩き続ける。
 電車かバスに乗りたくて走っている人か、はたまたランニング中の生徒か、もしかして何かを落としていて誰かが「落とし物ですよ」なんて追いかけてきていたり…、



「ーオイオーイ、ここまで来て帰るとかどんだけ焦らし上手だよ」



 ぱしりと腕を捕まれたなら、
 冷たくて硬い指先だとか、初めて聞いた声だとか、走ったせいで少し息の上がった話し方だとか。

 全ての事柄に一瞬で胸がいっぱいになって、振り向くことも出来ない。



「…なんか勢いで掴んじゃったけど、これ勘違いだったらヤバい?いや、オレもなんか確信があって追いかけてきたんだよなー」



 とりあえず何かリアクションください。

 ちょっと緩まってきた指先が寂しくて、でも今の現実が信じられなくて、ゆっくりゆっくりと振り返った。





えっと確かそう、夢でお会いしましたね。


(これからは目を見て、手を握って、話をしたい)
(これぞ運命なのだよ!なーんてな)


よし、寝よう。