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 くるくるり。

 目まぐるしく回る廻る世界に、舞い上がり流される黒髪。
 色が線を残して走る、日常とかけ離れた空間。
 このまま空気に融けこめたら、楽になれるのだろうか。

 ぼんやりと、回転する天井を仰ぐ雅の耳を、笑いを含む音が通り抜けた。



「飴凪ー、ほどほどにしとかんとまた気分悪なるで」



 少し視点を下げれば、鮮やかに急かしい模様に、見慣れた顔がちらつく。
 地面を蹴る足を止め、宙に放り投げた。
 徐々にスピードを緩める回転椅子と、明確になっていく景色。

 何周してもずっと同じ表情を向けてくる姿に、軽く睫毛を伏せる。



「…今吉先生には関係ないじゃないですかー」

「いやいや、大ありやろ。前みたいに動けやんくなったら面倒やんか」

「あの時は風邪気味だったからです。今日は平気ですもん」



 再び地面を蹴り出す足。
 背もたれと肘掛け付きの回転椅子を手慣れた足裁きで操作する女生徒に、困った子やなあ。と息を吐いた。



「それよか、もう書類終わったんですか」

「ああ、もうちょいやな」

「早く終わんないと吐きますよー」

「自分、さっきの会話覚えとるか?」

「私が大好きな今吉先生とのやり取りを忘れるわけないじゃないですか」



 ラブですよラブー。

 くるくる回転しながら両手をブンブン振り回す姿に苦笑する。
 自分が鍵当番なのをいいことに、下校時間も完全に過ぎたこの時間帯に職員室に生徒を居座らせているだなんて、バレたら大事だ。
 校内に残っている生徒がいないことも他の職員が全員帰ったことも確認済みだが、万が一ということもある。

 指先で器用にペンを弄びながら、視線を書類に戻した。



「ハイハイ、飴凪の気持ちはよう分かっとるから。もう回っとってええから静かに待っとるんやで」

「らじゃー」



 ビシッと敬礼をした雅だったが、再び机上と向き合ってしまった今吉に、面白くなさそうに唇を咬む。

 教師と生徒。
 世間から見て堂々とつき合えないことくらい、初めから理解しているつもりだった。
 元々は、人懐っこい雅が質問に押し掛けまくっているうちに出来上がった関係だ。

 卒業するまでの我慢だとはいい聞かせているが、カリスマ性のある彼は人望も厚く、忙しい。
 常に誰かが側にいるし、勿論、日常生活で二人きりになれる時間などないに等しい。
 そして何より、彼は女性からの人気も高かった。

 普段は、雅の性格上ボロが出そうだという理由で今吉から規制がかかっているため、理由がない限り話しにいけない。
 それだけでもストレスがたまるというのに、女生徒や女性教師とのツーショットを見せられた日には正直気が気じゃない。

 お返しにと他の男性教師に質問に出向いたりもするが、狙っているのか、そういう時に限って姿が見えなかったりするのだ。
 不公平だー、なんてぼやいてみても、現状が変わるわけでもない。

 カリカリと紙上を走る芯の音に耳を澄ませながら、ぎしりと椅子を軋ませた。
 背もたれに体重を預け、頭を仰け反る。
 円を描きながら反転する景色に視界を閉じた。



「頭落ちても知らんで」



 クツクツと、喉を震わす音が混じる。
 彼のこの笑い方は嫌いではない。
 体勢を変えることなく、耳を済ませた。



「助けてくれないんですかー」

「ちと強引でもええか?」

「…はい?」



 ぎし。

 鼓膜に届いたのは、ふたつの軋み音。
 ひとつは、恐らく今吉が座っていた椅子から腰を上げた音。
 そしてもうひとつは、パシりと乾いた空気の摩擦と同時に、被さった影に伴った、音。

 ぴたり止まった世界と近すぎる気配に、反射的に目蓋を押し上げた。
 肘掛けに伸びた二本の腕に、窮屈そうに曲げられた彼の長い片足が太腿のすぐ隣で椅子を抑えつけている。
 加えてぐっと腰を屈めているものだから、普段は見上げている顔が至近距離も至近距離だった。

 お互いの髪同士が触れてしまいそうな、温度が混ざりそうな絶妙な空間。
 いつものつかみ所がなくて飄々とした雰囲気はなりを潜めて、鋭い眼光がちらついた。
 がっつり囲い込まれているため逃げ場のないシチュエーションも手伝って、眩暈すら覚える。



「っ―…!」



 思わず呼吸も忘れて見つめ返すと、少しの間をあけて空気が緩んだ。



「…−わははっ、やっぱまだまだ青いなあ」

「っからかったんですね!?先生のあほぉおおお」

「悪かったわ、すまんすまん。飴凪があまりに無防備やからなんや心配になってしもて」



 特に青峰には気をつけやー。

 そんな冗談混じりな台詞も紛れて完全に気がゆるむが、彼相手に油断は大敵だ。



「あ、せや。ひとつ言い忘れとった」



 そんなとぼけた言葉とは裏腹に、あっという間にさらわれた左手首に温度が落ちる。
 内側の脈に触れそうな場所に彼の唇があたり、今度こそ息が止まった。



「−あんま他の教師に質問行くんは、感心せんなあ」



 ただし、そこは解っているのか狙っているのか敢えてなのか。
 まもなく付け足された台詞に、我に返る。



「…え、それは教師の発言ですか」

「今日も桜井んとこ行っとったやろ」



 無視かい。



「…私の記憶によりますと、その時今吉先生のお姿は近くに見なかったはずですが」

「そんなことはどうでもええねん。問題はなんで桜井んとこ聞きに行ったかや」

「いや、普通その科目の担当に聞きにいくものかと…」

「ワシに聞けば済む話ちゃう?」

「いやいやいや、先生の担当数学。私が聞きたかったのは家庭ですから」

「答えられたら一緒やろ」

「答えられますか、家庭ですよ?」

「飴凪に教えるためやったら何でも修得したるわ」

「先生…!」



 さっきのはキュン度98パーセントです。

 思わず高鳴った左胸を抑えて感動に浸っていると、いつの間にやら机でひと通り荷物をまとめてきたらしい今吉が軽く屈んだ。
 そのまま自然な流れで雅の腕をとり、椅子から立たせる。



「さて、ほな帰ろか」

「え、もう仕事は終わったんですか」

「いや、元々残業とかないしな」



 仕事なんて残すわけないやろ。



「…はい?」



 いつも通りの笑みで告げられた内容には、正直頭が追いつかなかった。
 では何か、今まで待たされていた時間は単なる彼の気まぐれか。



「え、ちょ、今吉先生?」



 クエスチョンを惜しみなくぶつけるが、返ってくるのは愉しそうに笑う視線だけだった。







恋は回転椅子のように

(でもそんなところに惹かれているのも確かで)
(たまに意識させとかんと、何しでかすか分からへんからなあ)

くるくる止まらない、青春、つかまってまたくるり。