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 がちゃり。

 扉の開閉音に、リビングのソファーでくつろいでいた雅はテレビの音量を下げた。
 振り向くと、やはり制服のままの兄が気怠そうに床に鞄を降ろしている。



「まこちゃんお帰りー」

「その呼び方やめろっつってんだろ」



 ドサリと隣に落ちた温度に微笑んで、手にしていたチョコレートをパキリと割った。

 包み紙で既にカカオ100パーセントであることは確認済みらしい。
 雅が綺麗に半分に割れたそれを渡すと、何も言わずに受け取った。
 ついでにと手を伸ばして、今度はテーブルに乗っていた小包を差し出すが、それに対しては眉を顰める。

 ニコリと瞳を細めて再度促せば、訝しげに手に取った。



「…何だよこれ」

「まこちゃん宛てのプレゼント?何か女の人に頼まれた」

「へぇ」



 手で弄んでいた可愛らしい包装のそれは、雅が答えを返した瞬間にゴミ箱へと吸い込まれる。
 近くはないその場所に躊躇なく吸い込まれた包みに、歓声はあげられなかった。



「ごっほ!」

「何やってんだ」



 いや貴方の方が何やってんだ。

 思わず飲みかけていたレモンティーでむせ込むと、呆れたような溜め息と共に背中に低めの体温が滑る。

 …身内には優しいんだけどなあ。



−兄の花宮真は悪童と呼び名がつけられるほど、悪役だった。

 時と場所を選んで優等生も演じているらしいが、特にバスケをしている時などは性格が大きく屈折している。
 何度かこっそり試合を見に行ったが、遠目でも分かるレベルの悪役面をしていた。

 恐らく容姿だけみればレベルは高いのだろうに、何とも勿体無い。
 果たして彼についていける女性は現れるのだろうか。

 兄の将来を本気で心配しながら、ゴミ箱から寂しげに頭を出す桃色を見つめた。



「…まこちゃん絶対いつか誰かに刺されるよ」

「ふはっ、そんなヘマするかよ」

「私もいつか刺されるかなー」

「はあ?何でオマエが刺されんだよ」

「えー…外道な企みや行いを知ってて止めないんだから、私だって相当性格悪いでしょ。まこちゃんの巻き添えでやられるかもしんないし」

「言いたい放題だなおい」



 背中をさすってくれていた手が不意に後頭部に移動して跳ねる。

 パコン。
 小気味良い音と共に軽い振動が伝わり、雅は空いていた片手で頭を撫でた。
 少し恨めしそうに兄の方を睨みあげるが、ハッ、と鼻で笑われる。

 いいや絶対この人に合わせられる女性などいるものか。

 ヤケになって、今まで視界にも入れていなかったテレビに意識を向けた。



「…」

「…、」



 どれくらいそうしていたのか。
 意味もなく流していた三流ドラマがCMに切り替わったのを見計らって、横からパキリと音が割れた。



「…心配しなくても、んなことさせねーよ」



 首を傾ければ、テレビに視線を投じたままの兄がチョコレートを口に放り込んでいる。
 暫くの沈黙の後、それが先程の“刺されるかも宣言”に対しての答えだと認識した。



「−わあ男前ー」

「棒読みにも程があんだろ。お世辞にしてももっと上手く言えよ」

「だってまこちゃんのキャラじゃない」

「いい度胸してんじゃねーか」



 もう勉強教えねぇぞ。

 滑らかに飛んできた反撃に、固まる。
 彼の頭脳は紛れもない、最高傑作だ。
 天才だ。

 雅自身もそこまで成績に悩むレベルではないにしても、やはり苦手教科というものは存在する。
 そこらの教師よりも頼りにしている家庭教師を失うわけにはいかなかった。
 慌てて身体を反転させて、自分の分のチョコレートを差し出す。



「嘘です冗談心から尊敬してますまこちゃん以上の兄はいません自慢です」

「そうかよ。…つーかいらねぇから。一体オレのこと何だと思ってんだオマエは。自分で食えよ」



 突っぱねられた、兄と同じ自分の好物に無意識的に頬を緩めた。
 デレだ、この反応は照れている。

 こんな扱いを受けられるのは、今のところ、妹という自分だけの特権なのだろう。
 ふふっと上機嫌に歯を見せた雅は、勢いのまま慣れた温度へと抱きついた。



「大好き“お兄ちゃん”」

「ふはっ、今更すぎだろバァカ」








好物程度、霞んで見える!


(こんな姿知られたらモテすぎて困りそうだから、今は私だけで十分かと)
(何のための“優等生”だと思ってんだかな…つくづく笑っちまうぜ)


ぱき、ちょこ。