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 休日の昼過ぎ。
 特に用事もなくリビング床のフリースペースにうつ伏せていた紫原は、ゴロリと寝返りをうった。

 天井を仰いだ瞬間に、自分とは異なるラベンダー色が視界に舞う。
 同時に襲う上半身への圧迫感と、服越しにじんわり伝わる温度に、頭に描いていた夕食のビジョンが消え去った。
 代わりに視線だけを動かすと、いつの間にやら帰ってきたらしい姉が、右腰から左肩に向けてフィットしている。
 彼女は元々基礎体温が高いため、掛け布団並の保温性だ。

 そういえば今日は仕事は半日とか言っていた気がする。



「雅ちん重いー」

シバくよ。あとお姉さまと呼びなさいと何回言ったら分かりますか」

「おねえさまー?」

「はいはいカタコトどうもありがとう」



 あー疲れたー。

 盛大に溜め息を吐ききった雅は、紫原の胸元で頬をぺたりと潰した。



「しかしまあよく大きくなったね。何コレ森のくまさん状態ですが」



 少し身長分けなさいな。

 ちょっとした当て付けも兼ねて150センチ台のコンパクトボディを不満げに揺らすが、部活で鍛えている弟の身体には全くの無害らしい。
 下敷きになっているにも関わらず、呻き声ひとつこぼれなかった。
 代わりに、相も変わらずのマイペースな音が漏れ出る。



「えー大きい雅ちんとか気持ち悪いし」

「何か言ったかしら敦クン」



 にょーん。

 斜めから覆い被さった体勢はそのままに、彼の両頬に伸ばした指先を左右へ引っ張った。
 いよいよ痛覚もなくなってしまったのか。
 やはり表情は変わらない。



「動けないんだけどー」

「動く気もなかっただろうに」



 これ以上どんなちょっかいをかけても無駄だろう。

 そう確信するなり肩の力を抜いて、本格的に体重を預けた。
 再び頬を定位置に戻すと、生きている音に耳を澄ます。
 小さい頃から、何故か彼のこの音が妙に心地良く、落ち着いた。

 暫くは儀式のようにその鼓動に身を委ねていたが、不意に、鼻腔を擽る香りに意識が偏る。



「…なんか甘ったるい匂いがする」

「あー、新発売のポッキー食べた」

「それは聞き捨てならないな。一本渡しなさい」

「もう全部食べちゃったー」

「うわー…よし、じゃあ今から氷室クン誘ってお茶でも行ってこよっと」

「…、」



 思いつくなり、起きあがろうと右腕を床とご対面させるが、実行する前に別の力に抑えつけられた。
 ぐい。



「ん?」



 沸いて出た圧力に視線を流すと、横から背後に掛けてしっかり包囲されている。
 いきなり回された両腕により彼の胸へのダイブを強制された。
 このままでは窒息死だ。

 冗談じゃないと固唾を呑んだ雅は、押し付けられた顔を横に回し、まずは呼吸を確保した。
 多少息苦しいものの骨は無事なため、一応手加減という単語は留めてくれているのだろう。

 しかしいっこうに弛まないガードに、交渉を試みる。



「……はて、弟よ。動けないんですが」

「動く気なかった癖にー」

「いやいや動く気満々でしょうさっきの台詞ちゃんと聞いていたか」



 ギブと突っ込みの意を兼ねてペシリぺしりとその肩を叩くが、反応なし。
 こりゃどうしたもんか。

 悩んだ末、理由を言えと視線を投げれば、案外素直に通った。
 眠そうな目がますます半目になる。

 …拗ねている時の合図だ。



「室ちんのとこ行くんなら離さなーい」



 意外な答えに思わず瞬きを繰り返した。
 幼少時から構いまくっていた賜物なのか、思っていたよりシスコンに育ってくれていたらしい。



「おやま、まさかの嫉妬?」

「そんなんじゃねーし。お茶行くんならまず弟のオレを誘うべきじゃないの?」

「ハイハイ。では、今から姉弟水入らずでお茶なんかどうですか敦クン?」



微笑ましく頬をつつくと、軽く振り払われた。







案外お互い様、だったりして


(そういや、前は私とのお茶すっぽかして氷室クンとバスケ観戦行ってたよね)
(…雅ちんは室ちんの性格知らないから)


ちらちら、ジェラシー。