×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



 ざわざわと色付く人混みの中、雅はひたすら見慣れた背中を追いかけた。

 時折足を止めてはこちらを振り返って、自分の姿があるかどうかを確認してくれている。
 それに表情を緩ませながらも、やはり何か違う気がした。

 一緒に出掛けているのに、この距離感は何だ。
 恋人だぞ、一応デートなんだぞ。

 ぴたりと歩みを止めれば、前方を歩いていた彼も同じように倣う。



「…どうした?」

「笠松君」

「何だよ」

はぐれそう



 真顔で言い放つと、笠松は少し困ったように頭を掻いた。



「…もう少しスピード落とすか?」

「これ以上ゆっくりになったら映画の時間に間に合わなくなるよ」

「じゃあどうすんだよ」

「手繋ごう」

「ああ…あ!?」



 頷き掛けて、ギョッとする。
 まあ、予想内の反応だ。

 彼−笠松幸男は、女性が苦手だった。
 どんな環境で育ったのは知らないが、高校三年間で「ああ」と「違う」の二言のみで異性との会話を乗り切ったというある意味強者だ。
 雅も、彼と会話が成り立つようになるまでどれだけ苦労したことか。

 会話だけでその状態なのだ、ちゃんとしたスキンシップなどとれた試しがない。
 今日こそはと意気込んだ雅は、尚もたじろぐ笠松に向かって手を差し出した。



「だから手を繋ごうよ、ハンド!分かる?」

「いやそりゃ分かるけど…」

「やっぱりだめか…私のこと嫌いになった?」



 しょんぼりと視線を落とすと、今までさまよっていた瞳が一瞬で焦点を定める。



「っそんなことあるわけねーだろーが!」



 力のこもった強い双眼と、その真っ直ぐさに思わず耳元が熱を持った。
 確かに狙った質問だったが、ここまでとは嬉しい誤算だ。

 いつだって真剣で、挫折や大きな壁を前にしても光を失わない。
 その目に惹かれて、好きになった。

 愛情表現は下手すぎて、こちらから頑張らないといけないけれど。
 一緒にいる時は常に気を配ってくれる優しさも感じ取っている。
 自分の不器用さを自覚して、後輩や同僚に相談していることも知っている。

 この人は、今もこれからも、きっと私を1人にはしない。
 そんな謎めいた確信があって。



「嫌いじゃないんだね」

「ああ」

「好き?」

「…んな分かりきったこと聞くんじゃねーよ」

「うん、ごめん。−じゃあ、繋いで?」

「…、……おう」



 差し出している手を軽く揺らして主張すると、数秒固まった後、おずおずと手が伸ばされた。

 温度が重なって、互いの冷たい体温が交差する。
 行進を促すと、ぎこちなく歩き出す背中。

 心なしか先程より速いテンポに、堪らず笑みを零した。



「ほら、こっちの方が手っ取り早いじゃない」

「…おう」



 歩調が速すぎないか、心配なのだろう。
 こんな状況になっても、気に掛けるようにちらりと確認をとる視線は健在だ。

 彼の横や後ろを歩く時が、実は一番幸せを感じるかもしれない。
 視線が出逢う度に、実感する。


−私は、彼が好きだ。大好き。




「因みに笠松君、手足が一緒に出てる」

「……、そうだな」



 あ、多分今お揃いだ。
 
 真っ赤な耳を目にして、無意識的に自分の片耳に触れた。







耳を澄ませて、聞き取ってよ

(私だって心臓えらいことになってるんだから。これでも緊張、してるんだから)
(試合中でもこんな緊張ねーよ)

冷えた指先から伝わる、ひしひしひんやり。