◇
辺りを見渡して、人混みの中お目当ての姿を探した。
耳に当てた機体から届く声に従って首を回す。
『−もう少し右だよ。…おっと、それは行き過ぎかな』
視界いっぱいを三往復したあたりで、手を振る姿を捉えた。
丁寧すぎるナビから察するに、あちらはかなり早くからこちらを見つけていたようだ。
相変わらずスマートだと苦笑いを零して、人を避けながら駆け寄る。
「…竜!」
「雅、久しぶり」
相変わらずの涼しげな微笑みに対し、軽く両手を合わせた。
彼のことだ。
こんなところでひとり待ちぼうけでは、何組かの女性から声がかかったことだろう。
「ごめんね、だいぶ待った?」
「全然。オレが早く来すぎたんだ。久しぶりだから嬉しくてね」
「私も楽しみにしてたから結構早めに出たつもりだったんだけど、思ったより遅くなっちゃったよ。…虎は相変わらずみたいだね」
待ち合わせまであと五分。
ちらりと視線を迷わせて、まだ姿の見えないもう一人の友人に眉を寄せつつ笑った。
恐らくぎりぎりか、少し遅れるか。
慌てふためく姿を想像して、どんな言葉をかけてやろうかと選択肢を作成し始める。
彼との絡みは、正直一番楽しい。
思わず緩んだ頬を指先で締め直すが、ふと沈黙に違和感を感じて顔を挙げた。
いつもの優しさに少しの真剣を混ぜたような視線に、どきりとする。
「…竜、どうし−」
「今日はタイガは来ないよ」
「え?」
被された台詞に、数回瞬いた。
といっても、言葉自体は耳をすり抜ける。
それよりも、言葉を遮られたことが衝撃だった。
普段から冷静で人当たりのいい彼は、どんな相手の言い分にも最後まで耳を傾ける。
付き合いの長い自分であれば、尚更だ。
今までだって、どれだけ長くても内容を問わず話を聞いてくれていた。
彼には珍しい余裕のなさを感じて、続く音が出ない。
戸惑いが伝わったのだろう。
打って変わって困ったように口元を緩めた氷室が、右手をとってきた。
あまり触れられたことはないため一瞬ためらうが、これは抵抗してはいけない気がする。
自分の勘を信じて、流れのまま手を引かれて歩き出した。
繋がれた温度に視線を奪われていると、ため息混じりに空気が揺れる。
今までになかった雰囲気に恐怖して表情は確認できないが、これはきっと笑いの気配だ。
「−やっぱり、オレからの誘いは“三人で”のイメージが抜けていないみたいだな」
「…今日は違うってこと?」
思わず見上げて、次の瞬間には後悔した。
先ほどまでの空気はどこへいったのか。
怖いくらいの綺麗な笑みが至近距離で勝ち誇る。
「今回声をかけたのは君だけだよ。アメリカにいた分の埋め合わせはさせてもらわないとね」
フェアじゃないだろ?
自分の右手と絡んだ左手を見せつけるように掲げられて、何かが爆発した。
手加減なんてしてられない
(生憎、周りが思ってくれているほど余裕のある人間じゃないんだ)
(なんなのこんなのってずるい)
ペース巻き込まれ注意報、のち警報。
※呼び方について。辰→竜、タイガ→タイガー→虎。
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