◇
ブツ。
不吉な音と、足下の違和感に雅は立ち止まった。
バランスを崩しそうになるが、寸前で留まる。
原因を確かめようにも、祭りの真っ直中。
この人混みの中では突っ立っていては通行の妨げになるだろうと端に避けようとするが、思うように動けなかった。
−まさか…。
先程の状態と照らし合わせると、嫌な予感しかしない。
恐る恐る視線を下に落とすと、案の定、見事に切れた下駄の鼻緒が視界に飛び込んだ。
「…嘘でしょ」
慣れない浴衣姿で来た姉が足が痛いとのことで、私服とのアンバランスに目を瞑って履き物を交換したまではいい。
ただ、彼女とはぐれ、携帯の充電をし忘れていたことに気付き、挙げ句の果てにこれはいただけない。
非常にいただけない。
自分の不運を呪ったところでどうにもならないが、肩を落とさずにはいられなかった。
とりあえずは邪魔にならない所への移動が先決だ。
応急処置をするべくしゃがみ込むが、下駄と素足とを括れるものすら無いことに気が付いた。
…ハンカチくらい持ってこようよ自分!
迷惑そうに避けていく人々に心内で謝りながら、途方に暮れる。
こういう時、ぱっと動けないのはきっと整理整頓が苦手なのが関係しているに違いない。
唸る雅の視界が、不意に陰った。
「−…飴凪さん?」
「え……、え…?」
呼ばれた名前に、声を照合するより先に顔を挙げる。
それがマズかった。
心の準備もなしにいきなり想い人とのアイコンタクトでは、心臓が無事でいられるわけがない。
「!あっ〜…、」
雅が音にならない悲鳴を呑み込んで目を見開いたままフリーズしていると、軽く腰を屈めるようにして様子を窺っていた同級生−赤司は、微かに唇を引き上げた。
特にリアクションを急かすことなく、冷静に分析を進める。
彼女の足下を確認するなり、納得したように頷いた。
「ああ、下駄の鼻緒が切れたのか。怪我は?」
「…あ、それは大丈夫…踏みとどまったから」
「そうか。…確か近くにベンチがあったな。とりあえずそこまで背負おう」
「っえぇ!?」
躊躇なく向けられた背中を前に、思わず固まる。
意識している異性におぶさるなど、消極的な雅にできるはずもなかった。
会話だけでしどろもどろになるというのに、密着を強いられる体勢など難易度が高すぎる。
増してや思春期の乙女に対し、他人に体重を預けろと言うのは中々に酷な話だ。
様々な葛藤にフリーズする雅の思考を読んだかのように、赤司は穏やかに前髪を揺らした。
「遠慮しなくていい。オレだって一応男だからね、キミを抱えるくらいの力はある」
『重いから。』
断る前に、使用予定だった理由に対し先手を打たれて言葉に詰まる。
しかし、雅にも意地があった。
最近、夏バテに便乗してダイエットを始めたばかりだ。
せめてあと三キロ…!
自身にもよく分からない決心を呟いたところで、少し困ったように笑んだ赤司がゆるりと首を傾けた。
「ほら、いつまでもここにいるわけにもいかないだろう」
その表情と仕草に思わず胸がキュンと高鳴るが、ここで引くわけにもいかない。
動揺を誤魔化そうと、視線を逸らすようにして次の言い訳を絞り出した。
「あ、あの…っ別に短距離だったら下駄脱いででも移動できるし」
「今日は祭りだ。道には色んな物が散乱しているし素足は危ないな」
「う…でも、」
「…背負われるのに抵抗があるのなら横抱きでも構わないが」
「すいません、おぶさっても構いませんか」
真顔でのとんでもない申し出に、間入れず意見をひっくり返してしまう。
横抱きなど、羞恥心でどうにかなりそうだ。
満足そうに肯いた彼に、まんまとのせられてしまったことに気付く。
慌てて再度断ろうとするが、彼にはその選択権を与える気は無いようだった。
「少しの辛抱だ、−おいで」
柔らかく細められる双眼。
それを拒否する術を持ち合わせている筈などない。
諦めたように頬を緩めると、戸惑いながらもひんやりとした温度に触れた。
折角の決心が鈍りました
(私服に下駄とは中々斬新な組み合わせだね)
(…言わないで)
カラカラからりん、落ちたった。
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