離融


 ――あいしている。
 たった六文字の言葉。けれどそれを口に出せずにいる俺は、きっとただの卑怯者に過ぎないのだろう。
 触れ合ったのは一度きり。それでも、口付ける事だけは押さえきれずに何度も何度も口付けを交わしてきた。この行為に対し、アイツ――アイチはどう思っているのだろうか。
 再会して以来、与える行為全てをアイチは享受し続けている。俺にとって、それは嬉しくもあり、同時に恐ろしくもあった。
 何故、アイチは俺を拒絶しないのだろう。本来ならば気持ちが悪い、と嫌悪の感情を向けられても何らおかしくは無い筈だ。それなのに、アイチは俺をただ在るがままに受け入れ続ける。まるでそれが当然、とでも言わんばかりに、だ。

(――どうして)

 疑問だけが心の中で募る。けれど結局卑怯者の俺は何一つ尋ねる事は出来ず、今日もまた言えなかった言葉の本流を叩きつけるようにアイチと唇を重ねた。何もかもを奪うように。その心の欠片一つ残さず、俺のものになればいいのに。そう心の中で強く願いながら。



「ホント、櫂はアイチがお気に入りだよな」

 さらりと三和に言われた台詞に、俺は一瞬言葉を呑んでしまった。まるで全てを見透かしたような一言に、俺はどきりとさせられる。肝が冷える、とはこの事だろうか。背を撫でた寒気を吹き飛ばすように、俺は平素を保って三和に言葉を返した。

「……馬鹿を言うな。誰が何だって?」
「櫂が、アイチを、さ。何だ、違うのか?」
「違うに決まってるだろ」

 改めて突きつけられた現実から目を逸らすように、俺は三和から視線を外す。――一体何が違うというのだろうか。自分で応えた言葉への違和感に、口の中に苦いものが込み上げた。
 お気に入り。そんな簡単な単語で蹴りがつくような気持ちならどれだけ良かっただろう。俺がアイチに抱いている感情はそんなちっぽけなものでも、お粗末なものでもなかった。
 ――あいして、いる。
 未だ告げられない言葉。けれどそれはアイチと再会したあの日から……いや、もっとずっと以前から俺の中に在ったのだろう。ただ、幼い俺はそれに気付かなかった。気付けなかった。けれどあの日、はっきりと昔抱いた感情を理解してしまったから――もう、止まれなくなってしまったのだ。
 アイチと再会したあの日。一度はカードショップで別れた筈のアイツと出逢ったのは、偶然か運命か、あの幼い日にアイチと出逢った場所だった。見覚えのある街道の途中。俺に気付いたアイチがハッとした顔をしたのを今でもよく覚えている。
 その後は――……気付けばそのまま公園に備え付けられたトイレの個室で、殆ど無理矢理アイツを犯していた。どうしても、あの日手放してしまったものを取り戻したくて、……とでも言えば聞こえはいいのだろう。けれど実際はそんな単純な感情ではなく、もっと複雑で身勝手な感情からの行為だった。
 ヴァンガードファイトの高揚の余韻と、あの名前すら覚えていない――恐らくアイチのクラスメイトか何かなのだろう――男への嫉妬も、あったのかもしれない。数年ぶりに再会したアイチは昔の面影をそのままに、あの時より数段も強い心を持って俺の前に現れた。……嬉しくなかった、といえば嘘になる。あのアイチが、成長して目の前に現れた。しかも、ヴァンガードファイターとして。
 今でもあの時の感情を言葉で表す事は出来ない。けれど、どうしても俺はアイチに触れたかった。アイチを、知りたかったのだ。例え其れがどんな手段であれ、その全てに触れたくて触れたくて、堪らなかった。
 行為を終えた後、自分がしでかした行為に愕然とした。其れと同時に、きっともう二度とアイチは俺を見てはくれないだろうとも思った。けれど現実は俺の想像を超えて、――アイチは、笑って俺を受け入れたのだ。

『大丈夫、だから』
『だから――なかないで、櫂、くん』

 あんなにも酷い事をした俺に、そう言ってアイチは笑った。どうしてこんな事をしてしまったのかさえ言えない俺を、アイチはいとも容易く受け入れて。そうして――今この瞬間でさえ、俺の口付けを跳ね除けることなく、受け入れている。その事実が堪らなく幸福で、けれど、それでもやはり恐ろしくて仕方が無い。

「かい、くん」

 アイチが俺の名を呼ぶ。

「……アイチ」

 けれど今日も俺は、たった六文字の言葉を言えずに、ただアイチへと口付けるのだった。



<了/20110126>





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