おちる、なみだ


 ぽろ、と滴が零れる。一瞬何が起きたのか分からず、目の前にいた彼を見上げた。すると彼は目を丸くして驚いていて――僕は余計に何が何だか分からなくて、困惑する。

「ア、イチ」

 戸惑ったように名前を呼ばれた、と同時に彼の手が頬に触れる。彼の指が目尻を撫でて、そこでようやく僕は自分が泣いている事に気が付いた。

「……あっ、ち、違ッ…!これは、その…!」

 慌てて弁解しようと口を開くも、自分でもどうして泣いているのか分からなくて、何と言えばいいのかさっぱり分からない。勿論その先の言葉など出てくる筈もなく、違う、とか、あの、その、と煮え切れないような言葉ばかりが零れていく。何も言えない僕を見て何を思ったのか、少しずつ彼の顔が険しくなっていくのが分かった。

(――違う、のに)

 こんな顔がさせたかった訳じゃない。僕はただ、彼に――櫂くんに、笑って欲しくて。ただそれだけだったのに、どうして上手くいかないんだろう。考えれば考えるほど涙は止まる事なく、止め処なく溢れて彼の指を濡らす。何度も何度も涙を拭おうと、彼の優しい指先が触れるのに、それでも僕は泣き止めない。

「……ごめん、なさい」

 申し訳なさに、余計に涙が零れる。謝罪を口にすると、余計に彼の額に皺が寄ってしまった。どうすればいいのか余計に分からなくなり、結局僕は口を噤む。もしこれが三和さんだったら、櫂くんを笑わせることが出来たのかも知れない。そう思うと三和さんが羨ましくて堪らない。いや、三和さんじゃなくとも――カムイ君や、ミサキさん。それこそエミだって、彼にもっと優しい表情をさせることが出来るだろう。
 こんな風に、哀しそうな顔をさせてしまうのはきっと僕くらいだ。駄目で、どうしようもなくて、雑兵で、やっぱり駄目な僕には彼を笑わせるなんて到底できやしない。それが哀しくて、悔しくて。
 考えれば考えるほど、涙が零れる。泣けば泣くほど櫂くんの表情は険しくなるだけだと分かっているのに、どうして僕はこうなんだろう。

(ごめんなさい、櫂くん)

 謝ったってどうしようもないのに。それでも僕は、謝らずにはいられない。ごめんなさい。何も出来なくて、ごめんなさい。君を笑わせることも、幸せにしることもできない駄目な奴で、ごめんなさい。
 心の中に浮かんでくる言葉の数々。思えば思う程彼の顔が見られなくなって、僕は俯く。ぽたり、と頬から落ちた滴が地面を濡らした。
 きっと櫂くんはこんな僕に呆れているに違いない。どうしようもない奴だと、駄目な奴だと、……見捨てられてしまうかも、しれない。
 ぎゅう、と胸が痛む。どうすればいいんだろう。そう思うのに、どうもできない事が歯がゆくて、哀しくて、仕方がない。

(かい、くん)

 胸の痛みを抑えるように、自分の服の胸元を強く掴む。そんな事をしてもどうにもならないのに、僕は何をやっているんだろう。流れる沈黙が酷く重く感じる。謝らなくちゃ。そう思う。けれど、謝れば謝る分だけ、きっと彼の表情はより険しくなるだけだと分かっているから、謝れない。
 何一つ言える言葉が思い浮かばなくて、出来る事といえば涙を止める事だけなのにそれすら出来なくて。ぎゅう、と目を瞑る。目の端からは愛から和図涙が零れていた。

 不意に、頬に触れていた櫂くんの手が離れる。――ああ、とうとう呆れられてしまった。きっと彼は、このまま行ってしまうのだろう。
 行かないで、と言いたいのに、閉ざした唇は開かない。行かないで。行かないで、櫂くん。置いて行かないで。見捨てて、行かないで。心の中で何度もクリk 瀬すのに、それは音にならずに消えてしまう。怖くて目を開けられない。どうしよう、そう思っていると――急に、ぐいと腕を引かれて。

「――え……?」

 彼の胸の中に収まる感覚。それと同時に、再び彼の手が僕の頬に触れて――上を向かされた、と思ったのも束の間。

「……ッ、んん……!」

 急に、口付けられた。柔らかく熱いモノが唇に触れたと思った瞬間、彼の舌が僕の唇を割り開いてナカにするりと入り込む。いつもと同じように口内を一回りして、僕が驚いている合間に軽く舌を食む。――それから触れ合った唇を放された。
 ぽかん、と茫然として彼を見上げると、彼は――櫂くんは、呆れたように笑っていた。

「……謝るな、アイチ」

 そうして、息が詰まるほど強く、強く抱き締められて。もう一度、今度は触れるだけの口付けを落とされる。

「俺は、お前を嫌っちゃいない。……お前を嫌える筈が、無いだろう」

 いつものように紡がれた言葉。けれどそれが僕にとっては酷く優しくて――ぽろり、ともう一度涙が頬を伝った。





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