Hungry Spider


 もしも俺が蜘蛛だとしたら、アイチは蝶だ。片や枝葉の間に糸を貼り、獲物が巣に掛かるのを待ち続ける獰猛な生き物。もう一方は、夜空を自由自在に飛び回りきらきらと眩い粉を振りまき花の蜜を吸う可憐な生き物。――イメージの中であれ、それは俺とアイチにピッタリな例えだろう。
 獰猛で、陰惨で、卑怯者。巣に掛った獲物を捕食して、その全てを喰らい尽す。

 アイチに触れる度に、いつも思う。俺は目の前の純白な少年を、この手で穢し、汚らしい色で染め上げていっているのではないだろうか、と。
 触れた個所から生まれる熱が愛しい。震える肢体が、密やかな嬌声が、潤んだ瞳が、愛しい。愛しくて穢したくて触れたくて堪らない。ただ傍にいるだけで、その唇に、髪に、頬に、全てに触れたくなる。愛して傷つけて壊して、思うがままにぐちゃぐちゃにしてしまいたい。
 こみ上げる汚らしい欲望。アイチという存在を渇望すればする程に、櫂トシキという人間がどれだけ最低で最悪なのかを認識させられるような気さえする。
 無理矢理に犯して、好き放題に触れて、――そこにアイチの意思など介在する余地もない。俺はただ自分本位に、自分の欲望をぶちまけているだけに過ぎないのだ。

 傷つけたい訳じゃない、と言った所で一体誰が信じてくれるというのだろう。本当は優しく触れて、愛していると囁いて。先導アイチという存在を形容する全てを愛したい、と思う。それでもこみ上げる欲望はどうしようもなく、ただアイチを傷つけていく。
 何度も何度もぶちまけた白濁が、アイチを穢していく。それでもアイチは一度として俺を責めることなく、全てを受け入れてくれた。だから、甘えてしまっているのだろう。何をしてもアイチは受け入れてくれると、俺を拒絶する事はないのだと、そう勝手なイメージを押し付けている。優しいアイチはそのイメージを覆せないだけだ。
 いっそ何処かの歌のように、アイチを逃がしてしやれば良いのかもしれない。愛だけを、思い出だけを糧に、全てなかった事にしてしまえれば――どれだけ良かっただろう。けれど俺は、アイチを手放すつもり等毛頭なかった。どんな経緯であれ、一度手に入れたのだ。易々手放して他の誰かに攫われるなんて、一体誰が許せるだろうか。少なくとも俺はそこまで心が広くとも、お人好しでもなければ、自分を欺くのが得意でもなかった。

(――すまない)

 心の中で何度となく繰り返す贖罪の言葉。けれどそれを直接アイチに伝える事など許される筈もない。散々自分勝手に触れて、穢してきた俺が――謝って赦して貰えるだなんて甘い考えを持っていい訳がないだろう。
 断罪されたいなど以ての外で、俺はただ自分の犯した罪を永遠に抱いていくべきだ。そうでなければいけない。
 巣に掛った蝶を、逃がしも殺しもしないのならば。せめて捕えてしまった罪を悔み続ける位は、するべきなのだ。

(――すまない)

 繰り返し、俺はアイチへと口付ける。その頬に、額に、鼻に、唇に、僅かにでも残っている優しさと贖罪の念を込めて。
 アイチは俺を、どう思っているのだろう。例え憎まれていても仕方がない、と思う。それでも――この行為を、アイチも厭っていなければ。そう少しでも願ってしまう俺は、どうしようもないのだろう。


 今日も、あいしている、なんて言えやしなかった。きっと明日も明後日も、その言葉を俺が口に乗せられる日は来ないのだろう。
 そんな資格、俺にはないのだから。



<了/2011.02.18>





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